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麻生首相の「見果てぬ夢」



 「(金融サミットを)もう一回やらなければならないということになれば、中国、インド、インドネシア、韓国、オーストラリアを含めてこの地域だけで世界の人口の半分ぐらいになるので是非アジアで開催という意味からも、やはり日本が開催国としてふさわしいと思う」 麻生太郎首相は11月14日昼(現地時間)、ワシントン市内にあるホテル「ウィラード・インターコンチネンタル」で同行記者団との内政懇談を行い、このように語った。
 15日のワシントンでの20ヶ国緊急首脳会合(G20金融サミット)開催を前にした麻生首相は、第2回金融サミットの日本誘致の意向を公言したのだった。そもそも麻生氏は、10月初旬から金融サミットの日本開催を模索していた。米下院でブッシュ大統領が提出した金融安定化法案が否決され、ニューヨーク証券市場のダウ平均株価が史上最大の下げ幅を記録した9月29日、そして同修正法案が上院可決後の10月3日に下院で可決・成立した頃のことだ。外交ルートを通じて非公式に主要8ヶ国(G8)の米、英、仏、独に対し、新興工業国(BRICs)を交えた緊急首脳会合を成田空港近郊で開催したいと打診をしていたのである。
 麻生氏からすれば、1997年の「アジア通貨危機」勃発に当たって、山一證券と北海道拓銀の破綻、長銀と日債銀の一時国有化に直面した日本には公的資金による金融機関の資本増強、金融再生法・早期健全化法の施行で危機を乗り切った「経験」があり、そうした金融再生・改革プログラムを"伝授"したいとの野心があったのだ。
 加えて、麻生氏は2001年3月、森政権時代の経済財政担当相として森喜朗首相の訪米に同行、ホワイトハウスで会ったジーン・スパーリング国家経済担当大統領補佐官からアジア金融危機打開のために日本の一日も早い不良債権処理と公的資金注入を督促されたことがあった。当時の「金融一極支配」の米国が日本に言わば"教え"を垂れたのだ。それが麻生氏のトラウマになっている可能性がある。
 それはともかく、この「麻生プラン」を持ちかけられたサルコジ仏大統領が急きょバローゾ欧州連合(EU)委員長を伴い訪米し、ブッシュ大統領との間でG20のワシントン開催を合意した。国際的金融危機の元凶国という負い目を持つブッシュ氏を説得したサルコジ氏が「手柄」を独り占めしたという経緯があったのだ。 そのサルコジ大統領は今回のG20でも、来年のG8サミット議長国が欧州であるとの理由から3月頃のロンドン開催に言及した。首脳会合では次回の開催国と時期についての合意はなかった。だが、当のブラウン英首相は14日午後のホテル「ザ・リッツ・カールトン」での日英首脳会談で日本開催に理解を示したとされるが、「年内の開催」であればとの条件をつけたというのだ。「外交の麻生」をプレイアップしたい官邸サイドは、先に内閣官房参与に指名した元財務官の行天豊雄国際通貨研究所理事長と野上義二前駐英大使の2人をG20各国に派遣し、12月中旬の東京開催の根回しに当たらせている。
 11月22、23両日、南米ペルーのリマで開かれるアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会合に出席する麻生首相は、その帰途、シカゴに立ち寄り、バラク・オバマ次期大統領との会談実現のため外交当局に日程調整を指示している。12月の外交日程を見ると、14日には福岡市で温家宝・中国首相と李明博・韓国大統領を迎え、日中韓3ヶ国首脳会議が開催される。首脳会議後、同地から3人はそれぞれの専用機でタイのチェンマイに向かう。17日の東アジアサミットに出席するためだ。
 麻生首相は、実はその後の12月中旬に第2回金融サミットを東京で開き、全世界からの報道陣を前に金融システム再構築に向けた「ジャパン・イニシアティブ」を披瀝する、という構想を胸に秘めているのだ。がしかし、ここに来て「サルコジ・イニシアティブ」との力関係が明らかになったことで、その「構想」も「夢」で終わりそうである。低迷する麻生政権の内閣支持率が反転上昇する気配はない。

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