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急浮上する「総・代分離」論

 政界は、嫉妬と怨念の海である。古くから言われてきた言葉だが、最近では小泉純一郎元首相が95年9月の自民党総裁選で橋本龍太郎元首相に敗れたとき漏らしたとされる。今回の血で血を洗うような熾烈な民主党代表選の対決構図から、ふと頭をよぎるのがこの言葉だ。
 9月1日の代表選告示日直前、菅直人首相と小沢一郎前幹事長との全面対決回避に向け鳩山由紀夫前首相による断続的な調停工作が続けられた。その結果、飛び出したのが菅、鳩山に小沢を加えた「トロイカ体制」による挙党態勢構築という妥協案だった。菅、鳩山の2人は8月30日夜、首相公邸で1時間10分間会談、その後の記者会見で2人は「トロイカ体制」という言葉を繰り返し、衝突回避の可能性が急浮上した(菅・鳩山会談に小沢側近の輿石東・参院議員会長が同席していたという情報もある)。
 ところが一晩明けた31日夕、鳩山、輿石と最後の詰めを行ったうえで小沢は菅と党本部で会談したものの、話し合いは決裂した。小沢が具体名を挙げて人事の要求を付き付け、菅が拒否したのがその理由だとされる。そして小沢は記者会見で改めて代表選立候補の意向を明らかにした。一方の菅もまた出馬を正式に表明、代表選は菅首相と小沢前幹事長の一騎打ちとなった。
 力がありながら、これまであえてトップを目指さなかった小沢を代表選立候補に駆り立てた最大の動機は、菅政権の事実上の司令塔と言われる仙谷由人官房長官への怨念である。「脱小沢」の政権運営で突っ走ってきた菅政権、その手綱を操ってきたのは仙谷だ。小沢は策士・仙谷のことが目障りでしょうがない。人事面でも、小沢グループを厚遇しようとしない仙谷と、仙谷の弟分である枝野幸男幹事長ら現執行部への不満が鬱積し、いつしか仙谷憎しに凝り固まってしまった。
 しばしば、こうした情念が突飛な行動や転換へ歯車を回す。政治家の行動パターンは、高邁な理念よりもむしろ下世話な感情に突き動かされることが多い。小沢と仙谷の因縁話は、実は根が深い。93年8月に『朝日新聞』が、当時、「自民党のドン」とされ、小沢の後見人であった故金丸信元副総裁への「東京佐川急便5億円ヤミ献金」疑惑をスッパ抜いた。金丸防衛の先頭に立ったのはもちろん小沢、そして社会党の真相究明チームの最前線にいたのが1回生衆院議員だった仙谷である。その攻防戦の真只中、弁護士出身の仙谷は、国会内外での金丸・小沢追及で一躍男を上げた。ある日の記者団とのオフレコ懇談で、なぜそんなに強気なのですかと問われた仙谷は「相手(小沢)は素人だけど、僕は玄人だ」と答えた。調子に乗った仙谷は、よせばいいのに「聞くところによると、小沢さんは司法試験に何度も失敗しているようだが、僕は東大法学部3年生時に一度でパスしています」と言ってしまった。その発言が小沢サイドに通報されたのは言うまでもない。小沢もちろん、この種の「批判」を絶対に許さない。
 小沢一郎という政治家は「怨念の人」である。恨みは決して忘れない。側近の諫言を認めないばかりか、側近を自任していた者の離反も絶対に許さない。これまでに小沢のもとから去った熊谷弘元官房長官、船田元・元経企庁長官、故中西啓介元防衛庁長官、小池百合子元防衛相、二階俊博元経済産業相などの例を見てもよく分かる。さらに言えば、小沢前幹事長は菅首相に故竹下登元首相の"背後霊"を見ているのかも知れない。「自民党戦国史」を紐解いてみる。小沢は92年12月、自民党の最大派閥・竹下派の後継争いで故小渕恵三元首相に敗れ、盟友の羽田孜元首相らと派閥を離脱した。そして翌年6月、政治改革法案不成立の責任を問う、野党提出の宮澤喜一内閣不信任案が小沢ら自民党議員38人の賛成によって可決され、衆院は解散した。そして第40回総選挙は、小沢中心で結党した新生党など3新党の大躍進もあり、自民党を過半数割れに追い込んだ。こうして細川護煕「非自民」連立政権が誕生したのだ。
 「55年体制」崩壊のトリガーを引いた小沢だが、その"絶頂期"は長く続かなかった。細川は94年 4月、「国民福祉税」の発表・撤回や自らの金銭スキャンダル発覚で首相辞意を表明、後継の羽田内閣も僅か2ヶ月で総辞職に追い込まれた。そして登場したのが、村山富市「自社さ」内閣だった。自民党の政権復帰の執念は凄まじく、社会党委員長の村山を首班指名する「ウルトラC」によって政権に返り咲いた。そしてその権力抗争の過程で竹下は、当時、新党さきがけの政調会長だった菅に対し、派閥の跡目移譲まで持ち出して竹下派入りを働きかけた経緯がある。だからこそ小沢は、菅が、自分の古巣の竹下派トップに据わりそうになったことが今でも許せないのである。
 ところで、民主党は政権交代という大義名分のもとで、小沢対反小沢の対立が隠され、小沢の手法は党内で違和感を持たれながらも、小沢の力を最大限に活用するというジレンマを抱えてきた。その接着剤になったのが鳩山である。今度の代表選は、菅が勝つにしろ、小沢が勝つにしろ、はっきりした色合いの出る民主党へ衣替えするきっかけとなる。その意味で、二人の対決は怨念対怨念から生まれたものだが、党が生まれ変わるための宿命、と言いたいのである。
 どちらが勝利するのか、両陣営とも票読みができないでいる。衆参院の国会議員だけで投票するなら、小沢の優勢は歴然である。小沢グループ150人に加え、鳩山グループ60人、羽田(孜元首相)グループ10人が既に小沢支持を表明している。樽床伸二国対委員長グループ約15人も小沢支持だ。横路孝弘衆院議長中心の旧社会党系30人の一部と旧民社党系30人の過半も小沢支持に回る可能性が高い。
 対して、菅支持派は、菅グループ50人、前原グループ40人、野田グループ30人がコアである。そして平岡秀夫内閣府副大臣中心の「リベラルの会」20人は菅支持。衆参院国会議員の数合わせだけでみると、開票前から「勝負あった」の構図である。鳩山グループが小沢陣営に取り込まれたのが大きい。党内民意は、明らかに「小沢」である。
 選挙戦術は、小沢が集票力のある「組織」に重点を置くのに対し、菅は「世論」を味方に政策重視型である。共同通信社が8月27、28の両日実施した世論調査では、民主党代表になってほしい候補者に菅を挙げたのは69.9%、小沢は15.6%。民主 党支持層での菅支持は82.0%だった。また、代表選の結果、首相が交代した場合、衆院解散・総選挙を行うべきだとする回答は56.1%に上った。28、29日に行った新聞社の世論調査も同じような傾向で、どちらが首相にふさわしいかを尋ねたところ、毎日新聞では菅78%、小沢17%、読売新聞は菅67%、小沢14%、日本経済新聞は菅73%、小沢17%だった。
 世論の趨勢は、「政治とカネ」で説明責任を果たしていない小沢をまだ許していない。菅に勝ち目があるとしたら、まだ態度を決めていない民主党有権者に対し、こうした世論の声でプレッシャーをかけるしかない。民主党のトップを選ぶ選挙は事実上、総理大臣をだれにするかと同義である。国民の声を無視して、個人的な結びつきや貸し借りで首相を選んでいいのかという訴えにすがる手法だ。
 加えて、菅にとって追い風になりそうなスクープ記事が8月30日発行の「週刊現代」と31日付の毎日新聞(朝刊社面トップ)に掲載された。小沢が民主党代表と幹事長に就いていた2007年1月から10年5月の間に、「対策費」名目で小沢側近に約37億円の「ウラ金」が流れていたことを、党の内部資料とともに詳述している。金を受け取って領収書を発行していたのは、小沢最側近を自任する山岡賢次前国対委員長と、やはり小沢側近の一人だった佐藤泰介参院議員(今年 7月の参院選で引退)である。ともに党の財務委員長をしていた頃と重なる。山岡は07年1年間だけで約16億円もの巨額な「対策費」を引き出して いる。政党交付金などを原資とする政治活動費は党の管理口座で記帳によって会計処理されるのが普通だが、この金は記帳が行われなかった簿外口座から支出されていたという。報じられたように、「ウラ金」の疑いが濃い。06年4月に小沢が代表に就き、翌年7月に参院選が行われ、民主党が60議席を獲得する圧勝で参院第1党となり、衆参ねじれが起きた年だ。党は、選挙対策費として別途12億円を計上しているから、正体不明の「対策費」とはいったい何なのか。山岡は受け取った巨額の金を自分の政治資金収支報告書に記載していないことから、理屈の上では、金はだれか(あるいは組織)に供与したことになる。山岡らはその経緯について、メディアの取材にまだ応じていない。この報道が代表選の行方にどう影響するか、今のところ不明である。
 世論調査結果や両陣営のネガティブ・キャンペーンが泥仕合の様相を呈したころから、再々度の鳩山が仲介する密室協議が繰り返されたのは冒頭に記した通り。菅・小沢・鳩山による「トロイカ体制」への復権を宣言したものの、最後は菅、小沢両陣営の妥協は成らず、鳩山は世間に醜態をさらした。というのも、人事面で小沢が菅に突きつけたハードルが高いうえ、菅の変節をなじる声が菅陣営からも出て、結局、両陣営とも戦闘モードのまま代表選へなだれ込み、仁義なき戦いはこれから2週間続く。問題は、たとえ小沢が勝利しても、自らは衆院本会議での首班(首相)指名選挙に名乗りを上げず、田中真紀子元外相や与謝野馨元財務相(たちあがれ日本共同代表)を担ぐ可能性がある。所謂「総(理)・代(表)分離」だ。そして小沢は首班指名選挙→組閣・党人事の前に公明党・創価学会との連立協議を優先するはずだ。そうなれば、代表選に敗れた菅も首班指名選挙に手を挙げ、自民党の一部が菅支持に回り、民主党分裂=政界再編を誘発する首班指名選挙になる可能性が高くなる。一方、菅が勝ったとしても、先ず間違いなく小沢は50人前後の手勢を率いて離党・新党結成に踏み切るだろう。「いつか来た道」の再現である。いずれにしても今回の民主党代表選は分裂含みのものとなり、「10年に1度の大政局」である。日本政界はしばらくゴタゴタが続き、政治空白に見舞われそうな雲行きだ。      (9月1日記)