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安倍晋三首相が未だ固執する「日露」進展

 入道雲がウロコ雲に変わり、頬をなでる風にも秋の気配を感じる。以前のメディアなら「政界秋の陣」とはやし立てたものだが、安倍1強下で足を引っぱる者がいない。共同通信社が内閣改造後の9月11〜12日に実施した世論調査によると、安倍内閣の支持率は55.4%で前回調査より5.1ポイント増えた。不支持率は25.7%だった。

 「インサイドライン」(9月25日号)では内政問題を取り上げ、半年先の政治状況を予測した。その骨子は、リアリスト・安倍晋三首相がレガシーにしたいのは憲法改正より社会保障制度抜本改革の方で、来年の通常国会で予算を成立させたうえ提出する社会保障改革関連法案を争点に衆院の解散・総選挙の可能性は否定できない、というものだ。小欄では重複感の出る「永田町もの」から離れたい。目を外へ向けることにする。

 先の内閣改造で、外交の舵取りは茂木敏充外相が担うことになった。茂木氏の外相就任は大方が予想していた。日米貿易交渉での手腕に安倍晋三首相がいたく感銘していたからである。トランプ米大統領に「タフ・ネゴシエーター」と言わしめるほどの交渉力は日本の政治家で群を抜いている。

 英語は堪能である。単に通訳なしで話せるというだけでない。語学に強い外務官僚に言わせると「茂木氏の英語力は、米国側交渉相手のライトハイザー(通商代表部代表)と機微に触れるやり取りをひとりでやってのける」。茂木氏は、東大卒業後、ハーバード大学ケネディ行政大学院を出て、マッキンゼー・アンド・カンパニーでコンサルタントをしていたから「さもありなん」である。

 茂木氏が活躍した日米貿易交渉を振り返ってみたい。最終交渉は仏ビアリッツG7サミット直前にワシントンで行われた。3日間で茂木氏とライトハイザーUSTR代表との協議は延べ12時間に及んだ。初日は午後2時から同7時まで5時間のマラソン協議となった。2日目は両氏だけでは細かいところを詰め切れないので2人で2時間行い、その後事務方が2時間、それから再び2人が2時間の計4時間、最終日は2人だけで3時間話し合ってようやく合意に持ち込んだ。

 合意内容で象徴的なのは、日本側が一番恐れていた自動車分野への「いじめ・仕打ち」を先送り出来たことだ。具体的には@通商拡大法232条発動A輸出数量規制(クオータ)B現地生産への追加関税――をとりあえず回避した。その見返りに、日本はトウモロコシ230万トンを緊急輸入する。全米最大の生産州はアイオワだ。アイオワ州は来年2月、米大統領選の幕開けとなる共和党員集会が開かれるところである。しかも、トウモロコシ緊急輸入の成否は9月10日に行われたノースカロライナ州下院補欠選挙の行方にも大きく影響していた。結果は、共和党金城湯池の選挙区にもかかわらず共和党候補が僅差で勝利できた。それほどトランプ大統領は追い込まれていたのだ。

 安倍首相は、今回の交渉とその結果を「ウィン・ウィン」と評価した。だが、物事の評価は「表」から見る人と「裏」から見る人で違ってくる。トランプ大統領再選への協力優先で、自由貿易の原則が捻じ曲げられたと論じる人もいる。

 米国から日本に場所を移して論点を変えたい。9月11日、新閣僚呼び込みの際、安倍首相は茂木氏にこう伝えた。「1日も早くラブロフ(ロシア外相)と会って、日露交渉の進展に向けて環境整備を行うなど全力投球でお願いする」。安倍首相の北方領土問題解決にかける執念たるや尋常でない。にもかかわらず、1956年の日ソ共同宣言以降領土問題の進捗は1ミリたりとも前に進んでいない。外相就任に当たって、首相から改めて強い口調で日露交渉の進展に力を尽くせと念押しされたのを機に、茂木氏は「私の外相としてのミッションの中で最も重要なものは日露と認識している」と公言してはばからない。

 北方領土交渉は、プーチンロシア大統領が「前向き」にもかかわらず、ロシア世論が領土返還に強硬に反対している、と言われる。それを受けてロシア外務省も「保守姿勢」に転じ、領土交渉をサボタージュしているという見方がある。その点を茂木氏に直接会って問うと「私に与えられたミッションはロシア外務省の固くて高い壁を突破するべく粘り強い交渉を行うことだと理解している。安倍・プーチン両首脳の在任中でなければ領土問題の進展は実現しないのは紛れもない事実だ。時間が限られている。安倍首相の私への期待に応えられるよう最大限努力する」と力強い言葉が返ってきた。

 話が少しわき道に逸れるが、茂木氏とは食事をしながら、ジャーナリスト仲間2人と一緒に懇談した。永田町の「しきたり」では、こういう形式の懇談は通常完全オフレコ扱いになる。ただ、経験則で言うと、複数によるオフ懇談で「マル秘事項」や「特ダネ」など機微に触れる情報はめったに出ない。事態の背景説明や出回っている情報の確認、裏側の動きを知ることによって表の大まかな流れをおさえるのが主になる。いわゆるメディア的「特ダネ」は1対1(差し)の取材でしかとれない。しかし、この「1対1」の状況を作るのが極めて難しい。聞き役が複数いると、誰が情報を漏らしたのか、話し手の政治家や官僚にはわからない。従って、話す中身も当たり障りのないものになるのが通例である。とはいえ、オフレコ懇談の扱いは今後も慎重を期したい。

 閑話休題。懇談で茂木氏はよく食べ、よく飲み、よく語り、全身から自信がみなぎっていた。今回の内閣改造・党役員人事では、事実上竹下派(平成研究会)の領袖という自覚で安倍首相と直談判した経緯も披歴した。「ポスト安倍」の意欲は満々たるものと見た。

 懇談の中で、衆院解散の大義について、筆者の見方と違う見解を述べた。「対韓政策の是非は解散の大義になりにくいし、社会保障抜本改革は仮に関連法案を提出・成立させたとしても、それだけではまだ抜本改革から程遠いので『これ如何ですか』とはならないのではないか」との見方を展開した。

 一方で「北方領土返還と日露平和条約の締結は、政治決断の是非を国民に問うものとして理にかなう」と強調し「私は、解散・総選挙よりも、むしろ安倍首相は任期が切れるまでプーチン大統領と繰り返しトップ会談を行い、落着できる寸前まで来たが任期が切れるといった時に、中曽根(康弘)方式ではないが、もう1年だけ特別に日露を仕上げるチャンスをください、と22年秋まで続投の方にリアリティがある」と独自の政局観を披露してみせた。

 日露ウォッチャーではわが国最強の佐藤優氏が雑誌『エルネオス』9月号で「北方領土問題交渉はロシア側の変化で様変わりしている。そういう理解が日本側に広がりつつある。だが、決してそうではない。ラブロフ外相から出たシグナルを正しく受け止めれば」とのリード文から次のように論じている。

 8月15日、モスクワ州ソルネチノゴルスクで行われた全ロシア青年教官フォーラム「意味の領域」で、ラブロフ外相が北方領土交渉に関する重要なシグナルを出した。「にもかかわらず、日本の新聞の扱いは小さい」と、佐藤氏は不満げだ。ラブロフ発言の全文はロシア外務省HPに掲載されているそうだが、佐藤氏は速報した朝日新聞デジタル(8月15日)の記事を「つまみ食い」して《ラブロフは日露平和条約交渉について「行き詰っているとは思わない」と述べた。また「第2次大戦の結果を認めようとしない日本側の意思が条約の締結を妨げている」と話し、交渉の進展は日本側の対応次第との見方を示した。また北方領土の歯舞群島と色丹島の引き渡しを明記した1956年の日ソ共同宣言について「ロシアは旧ソ連が負ったすべての義務を履行する用意がある」と指摘。安倍首相とプーチン大統領の指示に基づき、対話を継続する考えを示した》と要約している。

 これを受けて佐藤氏は「全文を読むとよく準備された内容であることが分かる。北方領土交渉が頓挫することをロシアは恐れていることが伝わってくる」と記したうえで「日本との交流をあらゆる分野で拡大、深化し、信頼関係を強化することによって、北方領土交渉を解決する基盤を整えるのがロシアの戦略だ」と分析している。

 筆者は、元外務省主任分析官の見立てが的外れとは思わない。交渉で解決する余地は十分残されているという考えに同意する。茂木氏はポンペオ米国務長官とは「マイク」「トシ」で呼び合うことを手回し良く取り付けた。ラブロフ外相とも同様の信頼関係を築けるのか。「茂木ミッション」は日の目を見ることができるのか。注意深く動きをフォローしていきたい。

(2019年9月30日)