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永田町直撃の「解散台風の目」

 解散風が吹き出した。まだ台風並みには発達していない。温帯低気圧といったところか。安倍晋三首相(自民党総裁)の任期が残り1年4カ月を切って案の定、衆院解散・総選挙を吹かす者が出てきた。「10月13日公示、同25日投開票」、「11月24日公示、12月6日投開票」のもっともらしい説も流布されている。年内解散のタイミングを逸すると「追い込まれ解散」となり、与党が勝つのは至難の業となる。情報収集に秀でる公明党が7月2日、中央幹事会で衆院選公認候補を決めることも騒ぎを加速させている。

 言うまでもなく、衆院の解散権は首相にある。憲法で保証されている。だから首相たる者、最も勝てそうな時期、あるいは負けるにしても最も被害が少ない時期を選んで伝家の宝刀を抜く。ただ、今回は事情が違う。解散の主導権を握っているのは、安倍首相ではなく、コロナウイルスである。流行の第2波が来たら、また国民に「三密回避」とステイ・ホームを要請しなければならない。立会演説会や街頭演説も制限されるだろうし、第一、投票所に出かけ「命がけの投票」を強いることができるのだろうか。スペイン風邪を例に引くまでもなく、ウイルスは寒くて乾燥している環境で暴れ出す。かくして諸々を勘案し、コロナ感染第2波が来る前に「駆け込み解散」しようというシナリオが出来上がる。

 11月に大統領選がある米国の場合は、日本と違う。コロナ禍が猛威をふるっている米国は、感染者が250万人超で世界最多、死者12万人超で第T次世界大戦の死者数を上回った(23日ロイター電)。劣勢のトランプ大統領はコロナ危機を利用して、11月3日の大統領選を延期してしまうのではないか、という声も聞く。だが、連邦法は大統領選について細かく規定しており、コロナだろうが何だろうが、きちんと決められた日に選挙を断行しなければならない。南北戦争や第2次世界大戦の最中でも選挙は予定通り行われている。日本のように「恣意」が働く余地はないのである。

 秋口解散説の波紋が広がりだしたのは、池に石を投げ込んだ人がいるからだ。安倍首相は6月19日、3カ月ぶりに夜の会合を再開した。相手は麻生太郎副総理兼財務相、菅義偉官房長官、甘利明自民党税制調査会長の3人だ。このメンバーは頭文字から「3A1S」と呼ばれ、第2次安倍政権発足以来、政権を支えてきた。いわば自民税調でいう「インナー」(平場の議論とは別に少人数で結論を決める中核部隊)である。

 この会合をメディアが大々的に取り上げた。報道側も国会が終わってニュースのネタがない。ああでもない、こうでもない、と憶測するには格好の材料だった。夜会合の言い出しっぺは、早期解散論に立つ麻生氏である。会合で何が話されたかは、実のところ当事者たちしかわからない。

 その昔、山崎拓、小泉純一郎、加藤紘一の三氏は頭文字を取って「YKK」と呼ばれた。YKKは夜ごと赤坂の料亭で会合するのが習わしだった。政治記者らは料亭の前に張って、会合を終えて出てきたYKKから「何を話し合っていたか」と問いかける。いつも加藤氏がブリーフィングした。その内容が翌朝の新聞の見出しになる。こういう政治風土はおそらく日本独特のものではないか。大事な話を料亭で密談する「文化」は他国にはない。

 YKKの密談には後日談がある。加藤氏から直接サシで聞いた話である。夜会合と言っても飯を食べて、酒を呑んで、小泉氏の猥談を聞いていただけだ。外で張る新聞記者のため、最後に「何を話したことにしようか」と打ち合わせ、それを加藤氏が伝える役目だった。さもありなん、と思う。会合の存在をメディアに分かるように振舞い、しかも酒が入った席で本当に大事なことを話し合うだろうか。今ならさしずめセキュリティの完璧なオンライン会合で行う方が外に漏れることもない。自民税調のインナー会合は他人に知られないようこっそり行われる。

 3A1S会合は17年7月以来約3年ぶりである。単に集まって食事しただけでは身も蓋もないので、永田町の住人は思いっきり想像の羽を広げる。「内閣改造・党役員人事や衆院解散をめぐって協議した」。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。当事者らもほとぼりが冷めるまで本当のことを言わないだろう。ただ、会合の狙いだけは読める。コロナ対策をめぐり安倍氏と菅氏の間ですき間風がささやかれたこともあり、安倍政権の「インナー」が一堂に会することで改めて結束ぶりをアピール、今後の政権運営の主導権確保を狙った。3年の空白が生じたのは、麻生氏と菅氏の間で政治的軋轢が目立ったこと、甘利氏が政治とカネの問題で閣僚辞任後、表舞台から遠ざかったことがある。安倍氏にも気軽に3A1Sを集めにくい雰囲気が続いていた。

 四氏は東京・虎ノ門のホテルアンダーズの高級フレンチレストラン「ザ・タヴァン・グリル&ラウンジ」に午後6時半に集合し、同9時過ぎまでステーキやワインなどを賞味した。ステーキを食べながら、衆院解散のタイミングについて突っ込んだ意見交換など常識ではありえない(せっかくのステーキが不味くなる)と思うが、まあそこは目をつぶるとしよう。ただこの会合の前後から、やたらと政治家同士の往来が激しくなり、解散風は微風から風速4、5bに強まっていくことになる。

 16日、東京・赤坂の料亭「浅田」で麻生氏と二階俊博自民党幹事長が会食。17日、東麻布の中国料理屋「富麗華」で二階氏と菅氏。22日、丸の内のパレスホテルの日本料理屋「和田倉」で安倍氏と細田博之元幹事長。24日、赤坂の日本料理屋「たい家」で安倍氏と二階氏。

 国会が閉幕し、コロナ対策や政権スキャンダルをめぐる与野党攻防の舞台がグッと圧縮された。安倍氏はこの機を反転攻勢のチャンスと捉えたのかもしれない。20日夜、安倍氏はインターネット番組に出演して橋下徹元大阪市長と対談した。菅氏との関係について「すき間風が吹いているのではないかと言われるが、実際そんなことはない」と笑顔で否定した。19日の3A1S会合については「政治家は直接話し合わないと色々なことを言われる」と顔合わせの意義を強調した。「衆院解散は話題になったか」との橋下氏のツッコミに「解散は常に意識はしているが、19日はなかった」と断言した。この辺り、なかなか思わせぶりな表現である。甘利氏もこれと並行するように、18日のメディアのインタビューで「秋に衆院解散をやった方がいいという人もいる。秋以降、経済対策と合わせて解散する可能性はゼロではない」と解散風をあおっている。

 自民税調会長の甘利氏が言う秋以降の経済対策とは何を指すのか。今、官邸周辺で囁かれているのは、コロナ対策を名目にしたウルトラC級(古臭い表現!今の体操競技の最高難度はI)選挙対策である。政治の要諦は、税金のハンドリングである、と昔聞いたような気がする。この箴言を秘策に用いる。具体的には、消費税率の8%への引き下げと所得1000万円以下の人を対象に1年間の所得税免除を画策しているというのだ。

 ドイツのメルケル政権は6月3日、日本の消費税に相当する付加価値税の税率を7月から12月末まで半年間、3%引き下げると発表している。これは総額1300億ユーロ(約16兆円)の景気対策の一環であり、安倍政権もこれに追随する、というわけだ。仮に、消費税が2%引き下げられると、年間で5兆6000億円の歳入減となるが、半年の期間限定なら2兆8000億円で済む。

 国税庁の所得階級構成割合データによると、所得1000万円以下の申告納税者数は全体の約86%を占めるが、納税額割合は全体の約35%の7兆円に止まる。仮に所得税免除が日の目を見たら、所得がある有権者の85%強は恩恵に与ることになる。

 消費減税と所得税免除を併せても財源は10兆円以内に収まる。この数字は何かに符合していないか。そう、第2次補正予算の予備費10兆円の計上である。予備費は何に使っても文句を言われない。しかも、全国民に10万円給付する財源の12兆8800億円より「安上り」と来ている。首相に近い自民党幹部は筆者に「予備費に10兆円を付けたのは、総理が解散のフリーハンドを得たことを意味する」と語っていたが、こんな深慮遠謀が働いていたのか。

 ともあれ解散は、コロナ禍が小休止し、日経平均株価が2万4000円前後まで戻し、内閣支持率は45%まで回復することが必要十分条件となろう。ただ物事は机上の計算通りに運ぶわけではない。安倍政権の「生殺与奪」権を握っているのは、依然としてコロナである。「解散台風の目」が永田町を通過するか否かは、秋口にかけてのコロナ気圧配置如何となる。

(2020年6月30日)