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年初から安倍外交に暗雲が立ちこめる

  旧聞に属するが、北方領土返還の期待値がいやが上にも高まった昨年12月15日の日露首脳会談の評価に対し日本の主要メディアと筆者の見解が異なる。「北方4島 共同経済活動―平和条約へ『一歩』、領土進展みられず」(読売新聞12月16日付朝刊)、「北方4島で共同経済活動―日ロ 協議入り合意、領土交渉進展なし」(朝日新聞同)、「日ロ共同経済活動で合意―4島に『特別な制度』検討、領土帰属進展せず」(日本経済新聞同)、「平和条約 重要性で一致―領土問題では隔たり、日ロ 4島経済活動表明」(産経新聞同)が、主要紙1面トップ見出しである。ヨコの大見出しが「共同経済活動合意」でほぼ一致、タテ見出しで、領土交渉が「進展なし」で完全に一致していた。まるで談合していたかのような紙面制作だった。首脳会談翌日、自民党の二階俊博幹事長が「国民の大半はがっかりしている」とコメントするぐらいだから、与党内でも会談は実りがなかったと思われた。筆者は別の見方を採る。安倍晋三首相自身が得心できるような「何か」をプーチン露大統領から引き出した。両首脳だけの「密約」で表に出せない「何か」である。自国民向けの記者会見、公式ステートメントでは明らかにできない外交上のやり取りがあった、と安倍氏は手ごたえを感じている。

 長年取材していて感じることだが、事実や真実というのは加重平均ではない。100人取材して、99人が同じことを言い、1人だけ違うことを言ったとする。真実はこの1人が言ったことにあった、というケースはある。主要メディアは大量の記者を動員して、共同記者会見、首相周辺、両国の外務省関係者を取材して一連の報道になったと推察する。筆者はたった一人で取材する「個人企業」である。取材対象は限られるが、なるべく核心を知る「1人」に迫れるよう努力しているつもりだ。

 今回の日露首脳会談は通算で6時間半に及んだ。日本側は、安倍首相、岸田文雄外相、世耕弘成経済産業・対露経済協力相、谷内正太郎国家安全保障局長、秋葉剛男外務審議官、長谷川榮一首相補佐官、ロシア側が、プーチン大統領、シュワロフ第1副首相、ラブロフ外相、ウシャコフ大統領補佐官、ガルシカ極東発展相らが主要メンバーである。ただ、ノート・テイカ―を入れた大人数の会談は、両国外務省が事前にシナリオを作った、いわばお膳立てされたものである。この場では、シナリオから逸脱する「アドリブ」が入り込む余地はない。共同記者会見の内容もこの会談をベースに作成される。日本の主要メディアの紙面作成はたぶんここで終わっている。筆者は、日露首脳会談の核心は両首脳だけの95分間テ・タテ会談(通訳のみで、ノート・テイカ―が入らない)にあった、と確信している。その中身をどのメディアも取れていない。筆者も取れていない。ただ、その場の両首脳の真剣かつ熱っぽい雰囲気など状況証拠はいくつか入手できた。何が話し合われたか、想像の羽を広げることはできる。後述したい。繰り返すが、テ・タテ会談を独自取材で掘り下げない限り「領土交渉進展なし=失敗に終わった」と結論付けるのは必然の帰結といえよう。

 日露首脳会談から4日後の12月19日、仏紙フィガロ東京特派員が音頭を取り、英紙タイムズ東京支局長、英紙フィナンシャル・タイムズ東京特派員、外務省OBで宮内庁御用掛りの西ヶ廣渉氏と筆者のランチ・ミーティングがあった。この席で、筆者は安倍・プーチン会談について、独自のディープな見方を開陳した。同席者は異口同音に「プーチンは稀代の嘘つきであり、仮に彼が安倍に領土問題で何か約束したとしても守るはずがない。日本人は概して楽観的過ぎる。プーチンを信用すべきでない」と反応した。しまいには「トシカワは安倍に甘すぎる」とまで断じられてしまった。これが欧米メディアの「日露首脳会談は安倍がプーチンにしてやられた」報道の根っこにある見方だと改めて思い知らされた。筆者は安倍政権に肩入れしているわけでない。ジャーナリストとして、何があったのかに迫りたいだけである。

 山口県長門市の高級旅館「大谷山荘」での安倍・プーチン会談で、主要メディアが全く報じなかったことがある。それは15日午後9時34分から同11時28分まで行われたワーキング・ディナーの後、安倍首相はいったん自室に戻り、カジュアルな服に着替えてから、山荘内のバーに出かけた。このバーに岸田外相、世耕経産相、今井尚哉首相首席秘書官、長谷川首相補佐官の側近4人を呼び出し、翌日未明の午前1時半近くまで飲んでいた。首相は終始上機嫌だったというのである。さらに安倍氏は、プーチン離日後、立て続けにNHKはじめ民放各局に生出演し、時に高揚感に満ちた表情で会談の成果を強調した。例えば、こんな具合だ。17日の日本テレビでのインタビューで、司会者から「プーチンから、領土問題は存在しない、という発言はあったのか」と問われ「全くない。プーチン大統領は今回の会談そのものを新しいアプローチによるものにしようと考えていた。平和条約問題を解決するとの両首脳の真摯な決意、真正面から誠実に向き合っていくことをお互いに示すことができた。平和条約締結に向けて4島の問題を解決する、その道に向けて大きな一歩を踏み出すことができた」と余裕の表情で答えた。さらに共同経済活動の意義について「北方4島で一緒に経済活動を行う姿は新しい時代を予感させる。この道を進むしかない」と強調した。

 安倍首相を上機嫌にさせ、高揚させたものは何か。公式には一切出てこない95分間のテ・タテ会談にあったことは容易に想像がつく。筆者は、安倍・プーチン会談に先立つ11月28日、プーチン大統領の通訳を務めるユーリ・サープリン駐日ロシア大使館参事官と夕食をしながら長時間会談した。2012年から、プーチンと日本の首相との会談すべての通訳をしてきた人物だ。16歳まで日本で育ったので、日本語は読み書きとも完璧である。オフレコが条件なので機微に触れる話は書けないが、一つだけ今回の日露首脳会談について、サープリン氏が語ったことを披瀝したい。「会談が終わってみて、安倍首相が失望するようなことになると思いますか?あるいは、マスコミに日露首脳会談は失敗に終わったと書かれるようなことに、プーチン大統領がすると思いますか?期待の程度にもよりますが、安倍首相の面子が立つようなところで落ち着くと思います。個人的見解ですが(笑)。考えてみてください。大統領は2024年まで、首相は21年までの長期政権をお互い目指している。これからも両首脳は長い、長いお付き合いをするのですから、ここでマズいことにするわけにはいきません。二人の関係がつまずくようなことになってはいけません」――。同氏の話を鵜のみにする気はさらさらないが、傍証の一つには挙げられよう。テ・タテ会談の物的証拠がない以上、筆者には想像の羽を広げるという手段が残っている。荒唐無稽な創作ではなく、一連の取材からたぶんこんな中身が話し合われたであろう、という若干確信に近いものがある。箇条書きにすると、次のようになる。
@2018年3月の露大統領選でプーチン氏が再選され、同年9月の自民党総裁選で安倍氏が再選された直後の10月ごろ、首相は大統領の地元サンクトペテルブルクを訪問するAその地で日露首脳会談を開き、19年中に日露平和条約を締結することに合意するBさらに東京五輪が開催する20年に歯舞・色丹2島を先行返還することで合意する(但し、ロシア側は「返還(return)」という言葉は使わず「引き渡し(hand over)」という言葉を使うC17年9月にウラジオストクで開催される第3回東方経済フォーラムに出席する安倍首相はプーチン大統領との間で、今回双方で合意した日露経済協力プロジェクト、北方4島での共同経済活動の進捗状況を検証する――。安倍氏の上機嫌の裏には、こういう内容の言質をプーチン氏から得たことにあったと想像する。いわゆる、表には出せない外交上の「密約」である。安倍首相は今年5月の大型連休中にもロシアを訪れる。9月に再訪するウラジオストクと合わせると、17年は少なくとも2回、プーチン大統領と差しで会談する。当面は今回会談で合意した中身を着実に進展させる。その真摯な取り組みこそが「密約」実現の成否を握っていることを両首脳とも承知している。

 内政問題に目を転じたい。主要メディアは、日露で領土問題進展なしと報じたと同時に、衆院の解散・総選挙についても「来年1月の解散先送り、来秋か」を打ってきた。筆者はこの間、「1月末解散・2月総選挙説」にこだわってきた永田町ウォッチャーの少数派であった。決して天邪鬼を任じているわけでない。首相周辺にただよう匂いを感じ取ると、どうしても早期解散説を捨てきれないでいたのだ。首相の1月スケジュールは確かにきつい。通常国会召集は1月20日。首相施政方針演説、3政府演説、各党代表質問、そして16年度第3次補正予算案提出など日程だけを根拠に論じると、解散先送り説が妥当のように思える。事実、安倍首相は1月4日の年頭記者会見で「元旦からこの4日間で解散の『か』の字も考えていなかった」と述べ、解散先送り説が定着した。さらに追い討ちをかけるように、同8日のNHK「日曜討論」(収録は6日)で「17年度予算を成立させることが成長戦略にとって最も重要である。それまでは解散の『か』の字も頭のなかに浮かばないだろう」と語って、早期の衆院解散・総選挙説はほぼ消え去った。現時点では、今秋の10月頃の解散説が有力視されている。

  『朝日新聞』(1月15日付朝刊)のコラム「日曜に想う」に曽我豪編集委員が次のように書いている。「今年17年の9月までに解散・総選挙があるとどうなるのか。衆院議員の任期満了は4年後の21年9月、つまり政権が終わる首相の任期切れの前に来る。こういうことだ。今年9月までに解散すると、首相は好むと好まざるとにかかわらず、もう1回は任期中に総選挙をやるしかない。逆に言えば、今年9月以降に解散すれば、場合によってはもう総選挙をやらなくて済む勘定になるのだ。」――。同氏の言葉を借りると、こういうことだ。安倍首相の政治的目標である憲法改正の政治日程に関わってくるのだ。「自民・公明・維新」3党に改憲の発議に必要な3分の2の確保が見込めれば9月までの解散で勝負すればいいし、見込めないならば先送り、即ち9月以降に解散すればいいのだ。つまり、解散権を持つ首相の選択肢が広がるということである。安倍首相がオーストラリア・東南アジア4カ国歴訪から帰国する今日17日時点で解散風はピタリと停まった。ところが、ここに来て新たな問題が出来したのである。安倍官邸と外務省がこの間、密かに準備してきた安倍首相と、20日に第45代大統領に就任するトランプ氏の日米首脳会談に暗雲が立ちこめているのだ。在米日本大使館の佐々江賢一郎大使自らが26、27日のいずれかにホワイトハウスで実現するべく日程調整を行ってきたが、依然として色好い返事が来ないのである。昨年11月の電話会談とトランプタワーでのトップ会談を通じて互いの信頼関係が確立したとの自負を持つ安倍首相であるが、肝心の日程が確定しないのだ。トランプ氏が1月5日午後(米東部時間)にツイッターで発信した「トヨタ批判」も影響しているとの見方もあるが、どうやらトランプ次期大統領にとってプライオリティが高い、他の喫緊のテーマがあるようなのだ。シリア内戦の停戦問題である。トランプ大統領は大統領就任式直後の23〜24日にカザフスタンの首都アスタナで、シリアのアサド政権を支援するプーチン・ロシア大統領、エルドアン・トルコ大統領と鳩首会談を行うというのである。もしもそのようになると、安倍首相の17年外交は出だしで躓くことになる。

                       (2017年1月17日)