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早くも始まった「ポスト安倍」抗争

 安倍晋三首相は12年前の「悪夢」がよみがえっているかもしれない。第1次安倍内閣時代、厚生労働省の「消えた年金」問題が火を吹いた。事後処理にもたつき、夏の参院選で自民党は大敗した。安倍氏は首相の座を追われる。今度も同じ厚労省で起きた「毎月勤労統計」不正調査は、あえて命名すれば「消えた給付金」「消えた賃上げ」である。組織の中で、不正に気付いた人はいたはずなのに誰も声を上げない。前例踏襲の事なかれ主義と見て見ぬふりが横行、より深刻な事態を招いた。三菱自動車工業が30年近く恒常的に「リコール隠し」を行ってきた構造とダブる。政治問題化するのは必至で、1月28日から始まった通常国会は大荒れになるだろう。参院選単独では自民党の議席減が膨らむ。リスクは多いが、衆参同日選挙に打って出ざるを得ない要因にもなり得る「国家信用失墜事件」が降って湧いた。

 国会がどういう展開になるか、予測が難しい。小欄では、ひとまず不正調査問題を脇に置き、近頃「ポスト安倍」への野心が見え隠れする菅義偉官房長官にスポットライトを当ててみたい。菅氏は「影の総理」などと呼ばれることもある。だが、一生「影」だけで満足する人は皆無だろう。誰だって一度は「光」を浴びたい。菅氏も例外でない。

 「最近の官房長官はちょっとやり過ぎじゃない?」。昨年末、安倍首相の「右腕」と言われる今井尚哉首相秘書官(政務担当)が、心を許す数少ない政治記者にぽつりと漏らした言葉である。「やり過ぎ」とは、菅氏が衆参同日選に反対してオーバーアクションしているという意味ではない。菅氏が「ポスト安倍」に向けてポスト安倍に前のめりになり、蠢動し始めたことを察知して嫌悪感から発せられたものだという。

 安倍官邸の両輪と言われる菅氏と今井氏の間に、実はすき間風が吹いている。政局観の違いや政策的に対立しているというわけではない。安倍3選後、安倍後継への野心を隠さなくなった菅氏に「安倍命」の今井氏が違和感を覚えるようになったことから微妙な亀裂が生じているのだ。

 永田町ウォッチャーによると、菅氏は自民党無派閥議員に限らず、密かにまんべんなく財政支援をしているという。もちろん「いざ鎌倉」の旗揚げに備えての種まきである。ただ、当分はギラついたところを見せない。策士の菅氏は後方に控えて麻生派の河野太郎外相を担ぐかの言動を隠さない。麻生太郎副総理兼財務相は菅氏のフェイント・モーションが不愉快極まりない。派内で河野氏を無視、もしくは「干し」上げている。菅氏の本音はチャンスが到来したらその他を押しのけて自分がトップの座にすわりたい。これが氏を知る人たちの共通した認識である。

 振り返ると、歴史は繰り返す。名官房長官の誉れ高かった梶山静六氏や野中広務氏も最後は首相の座を目指した。橋本龍太郎政権時、加藤紘一自民党幹事長の下で幹事長代理を務めた野中氏は「次は加藤の時代になる」と、事あるごとに言っていた。ところが、次の小渕恵三政権発足で官房長官に就いたことから心変わりする。小渕氏が、宮沢喜一氏を口説いて派閥の枠外で財務相に起用、その玉突きから加藤氏が宏池会会長に就任した。しかし、同派の亀裂(加藤氏と河野洋平氏の権力闘争)に乗じて、野中氏は「加藤切り」に動く。最後は小渕首相急死直前に自らがその後継を目指したのである。

 菅氏の「師匠」筋になる梶山氏も「橋龍に(首相が)できて俺にできないはずがない」と、派閥を離脱して総裁選に挑んだが、潰え去っている。

 官房長官というポストは、日ごろ首相と接しているので「あの人にできて、俺にできないはずはない」と思ってしまうのではないか。名官房長官と言われる人ほど総理総裁への誘惑に駆られる傾向にある。政界では「ナンバー2」に徹することが権力の源泉になるという言い方もあるが、最後までナンバー2に徹した政治家は金丸信元副総裁ぐらいしか思いつかない。もっとも、金丸氏はトップの資質がないと自覚していたかもしれない。

 戦後の政界史で、官房長官から首相になったのは竹下登、小渕恵三、宮沢喜一、福田康夫の四氏しか思い浮かばない。従ってこのルートで頂上を目指すのは当人たちが思うほど易しくないのかもしれない。官房長官というポストが内閣で「睨み」を利かし「力」を持つようになったのは中曽根康弘内閣時代の後藤田正晴官房長官からである。それまでは言葉は悪いが、首相の「執事」役とみられ、軽中量級の政治家が就いていた。

 安倍氏の盟友・麻生氏と菅氏の綱引き勝負はどうなのか。衆参同日選挙を巡って一時期、推進派の麻生氏と慎重派の菅氏の齟齬が伝えられていた。ただ、最近の菅氏は衆参同日選挙やむなし、にシフトしているという情報も届いている。

 麻生氏は1月3日夜、東京・富ヶ谷の安倍私邸で1時間半、ワインとブランデーを飲みながら首相と語り合っている。その席で「トップになるとリスクに目が行きがちだ」と安倍氏に伝え、同日選を促した。企業経営と一緒で、多額の投資にはリスクがつきものだ。安全経営しか頭にない社長はリスクを取ろうとしない。サラリーマン社長ほどこの傾向が強い。会社はつぶれないかもしれないが利益も激増しない。企業経営者だった麻生氏はこのことを暗に安倍氏へ伝えたかったようだ。

 今秋の消費増税問題でも、景気の腰折れを警戒して延期を主張する菅氏と、公約断行の麻生氏の対立は顕著だ。安倍首相は「リーマン・ショック級の出来事が起こらない限り(消費税を)引き上げる」と公言し、先の施政方針演説でも改めて消費税率10%への引き上げについて「国民のご理解とご協力をお願いする」と述べている。米中貿易戦争と英国の「秩序なきEU離脱」懸念で、年末から年初にかけて東京株式市場の株価の乱高下が激しい。昨年末、日経平均は前日比1018円安、5%も下落したことがあった。2008年9月のリーマンブラザーズが破綻した翌日の株価4.9%下落に匹敵するもので「リーマン・ショック級はすでに来ている」と煽る輩もいる。その流れで永田町ウォッチャーの中には「首相はすでに3度目の延期を決断している」と勘ぐる向きも出ている。

 財務省を率いる麻生氏が昨年の同省不祥事で、いったんは次の衆院選不出馬、息子に地盤禅譲を決断したのは事実である。しかし、昨年初頭に息子の女性問題が発覚、地元で総スカンを食らったこと、加えて自身の首相在任1年弱という不完全燃焼もあって、安倍長期政権を支える過程でもう一度自分の出番があるかもしれないという気持ちがもたげている。早期の衆院選があるなら出馬することに変心したという。政治家は幾つになっても欲深い。こうした安倍官邸を俯瞰すると、麻生、今井両氏は安倍首相を支える点で利害が一致、共同戦線を張って菅氏の野心に警戒感を共有している構図になる。

 頂点への野心を抱く菅氏の弱みは、能力ある手勢が周辺にいないことである。無派閥議員には相当数の「菅信奉者」がいるが、それだけでは戦いに勝てない。党内の派閥事情を見回すと、近い将来菅氏が手を突っ込むことができるのは二階派(志帥会)ぐらいしかない。他の有力派閥は、長短あるものの総裁候補を抱えている。自身の目論見を実現する意味からも菅氏は内心、麻生氏(78)、二階氏(79)、伊吹文明氏(81)が一日も早く政界を引退してほしいと切望しているようだ。長老が跋扈している組織は空気が淀む。自身の自由な動きに制動がかかると考えているのではないか。

 首相になったら何をやりたいのか。無論、菅氏が今からそんなギラギラしたことを言うはずはない。ただ、菅氏に食い込んでいる政治記者らの話を総合すると、日頃から「巨額報酬の見直し」について持論を展開することが多いという。テレビ局に勤める30歳ぐらいの若者が年間2000万円の収入を得ている現状を強く憂いたり、日産のゴーン前会長の巨額報酬も以前から強く批判している。産業革新投資機構取締役の高額報酬に経産省が「介入」したのも菅氏の意思が働いているとみられている。報酬のみならず、東京都の税収が図抜けて豊かで、地方が困窮している現状も是正すべきだとも語る。ある意味で、菅氏は「富の偏在」を社会悪とみる社会民主主義的発想の持ち主なのかもしれない。

 ともあれ、永田町は「残り3年を切った」安倍首相の後任争いの火ぶたが切られ、水面下でアヒルの水かきが始まっている。

(2019年1月30日)