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米中貿易戦争と自民党総裁選

 記録的猛暑は日本に限ったことでない。北半球全体が熱波に襲われている。ニュースによると、北極圏で気温が30度を超えたところも出たようだ。筆者の友人が夏季休暇を取ってスイスに避暑旅行に出かけたが、エアコンが設置されていないスイスのホテルでも昼間は暑かった、とぼやいていた。とは言っても、朝晩や高地に出かけると長袖が必要で、日本で酷暑と戦っている友人たちには申し訳ない気持ちだったと言い訳していた。夏のスイスは涼を求めて世界中から観光客が押し寄せる。物価は高く、ホテルを確保するのも大変らしい。

 北半球がヒートアップするのに呼応するように貿易戦争が熱し始めた。どこまで拡大するのか予測不能の状況になっている。トランプ米大統領が仕掛けた高関税政策に対し、すでにEUや中国が報復措置に踏み出している。その経済波及をどう読んだらいいのか、経済アナリストも頭を悩ませている。何せ、世界1位と2位の経済大国が互いに追加関税を実施するのは過去に例がないからだ。

 2位の中国を侮ってはいけない。米中貿易戦争を外野席からはやし立てるのは経済オンチである。中国経済が世界経済に与えるインパクトがどのくらいのものか、日本政府も正確なデータを集め、研究に余念がない。その一端を披歴すると、中国のGDP(国内総生産)は11.2兆円で、米国の18.6兆円を合わせると世界のGDP75.3兆円の25%強に達している。中国のGDPは毎年、インドネシア一国相当分が増えるペースで成長している。購買力平価ベースの経済規模は米国とほぼ同規模で、3年後には世界1位になる。世界貿易での存在感は飛躍的に増大しており、EU(欧州連合)、NAFTA(北米自由貿易協定)を除きほぼすべての国で最大の貿易相手になっている。しかも、そのほとんどの国で中国からの輸入が全体の2割超に達している。

 ラガルドIMF(国際通貨基金)専務理事が奇しくも言った「10年後にはIMF本部はワシントンではなく北京本部となり、我々は北京で会話を交わしているかもしれない」は決してジョークではない。IMF条項には、経済規模が最大の国にIMF本部を置く、とある。中国経済は、高付加価値化・サービス化が進み、第3次産業へのシフトが顕著だ。拡大する消費は著しく、経済成長率は2016年以降10%を上回るペースで「消費主導型」の経済構造に変貌している。海外旅行すると実感するが、世界中の観光地はどこも中国人であふれ返っている。

 現在の世界1位と近未来の世界1位が貿易をめぐってケンカを始めたのだから尋常ではない。7月21日〜21日、アルゼンチンの首都ブエノスアイレスで、主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が開かれた。参加者らはトランプ政権の保護貿易主義を口々に批判した。この会議に、IMFは討議資料として「貿易戦争によるグローバルなインパクト」と題した試算を提出した。シミュレーションとして提示したのは4通りのシナリオである。

@すでに実行済みの関税→鉄鋼(25%)+アルミ(10%)、対中追加関税500億ドル(25%)、中国からの報復関税500億ドル(25%)など。

 A今後追加される関税→対中輸入2000億ドル(10%)、中国による同規模の報復関税。

B自動車輸入関税→米国が全自動車輸入に25%+各国の報復措置。

 C信用危機→貿易戦争がグローバルなショックを与え、投資に対するリスクプレミアムの引き上げ。

 どのケースを見ても、最大の被害国は米国経済だと試算する。トランプが仕掛けたマッド政策なので「自業自得」と言える。なぜかというと、トランプの高関税政策で増えるのは米政府の歳入だけだからだ。ただし、その原資は米国消費者からの所得移転に過ぎず、外国企業が負担するわけでない。全自動車輸入に25%の関税をかければ、3600億ドル×25%=900億ドル(10兆円)の増税になる。大学で経済学をかじった人には分かることだが、高関税政策とは自国経済に対する自傷行為と同義なのだ。世界経済にとってはCのケースが最も影響が大きく、世界中の国々が大損害を被ると予測している。

 トランプの存在は今、日本のみならず世界各国にとって最大の悩みの種になっている。外務省幹部は以下のような分析をしている。

 今秋の中間選挙で、共和党は下院で負けない可能性が出てきた。トランプが2020年大統領選で再選されると、世界はあと6年間トランプと付き合わなければならない。米朝交渉で本人が共同声明に署名しているので、中間選挙までに非核化を含め目に見える成果を挙げなければならない。たとえポンペオ国務長官といえども9月中に成果を挙げなければ、トランプの寵愛を一瞬にして失うことも十分あり得る。ケリー首席補佐官に続きマティス国防長官まで交代説が流布されているのは、すべては自分が決めるという孤高の人・トランプが絶対権力者であることを改めて世に知らしめている。今や、トランプはクシュナー(大統領上級顧問・娘婿)やイバンカ(大統領補佐官・娘)の身内の助けを借りずに全て自分が決定できるという自信を持ってしまった。

 習金平、プーチン、金正恩、エルドアンらは事実上、終身最高権力者となった。そこにトランプまで参入すると、北半球は「独裁者の政治リーグ」を形成する。

 トランプの傍若無人ぶりを示す一コマがある。ネットでその動画が流れている。7月11日、ベルギーのブリュッセルでトランプはストルテンベルグNATO(北大西洋条約機構)事務総長(元スウェーデン外相)と朝食会談した。この席で、トランプは「ドイツは天然ガスでロシアに国の7割が支配されている。ドイツはロシアの捕虜だ」と言い放った。NATO加盟国を代表する人に向かって失礼千万な物言いである。隣に控えていたポンペオとケリー(大統領首席補佐官)は恥ずかしさの余りか、下を向いていた。誰もがトランプを制御できないでいる。

 米中貿易戦争で、トランプは短期的には対中強硬政策を推し進めるだろう。物価の上昇、景気の減速、雇用の悪化など実害がはっきり現れない限り保護主義の軌道修正は難しい。しかし、中長期的には落としどころを見つけないと、自国が受けるダメージは甚大なものになる。対米報復関税によって農産物輸出が減少し、これまでトランプ支持だった農業州がSOSを発し始めると、さすがのトランプも考え直すかもしれない。

 2017年の米中貿易取引は、米国の対中輸入5000億ドルに対し、中国の対米輸入は1300億ドルだった。差し引き3700億ドルが米国の対中赤字になる。従って、制裁関税の対象だけに限ると、中国は対米輸入の1300億ドルにとどまる。制裁をエスカレートしていった場合、対米輸出の大きい中国の方が不利になる。一方、制裁関税で不利になる分、中国当局は人民元安を容認している。元安になれば中国企業の輸出採算が好転するので、関税による不利をある程度相殺できる。いずれにせよ、貿易戦争には勝者はいないのである。

 さて、日米貿易はどうなのか。2017年実績で、日本の対米輸出は15.1兆円、そのうち自動車が3割強を占める。対米輸入は8.1兆円で、日本から見ると、輸出が輸入のダブルスコアになる。折しも8月(当初は7月下旬予定)にワシントンで日米通商協議(FFR=Free・Fair・Reciprocal)が開かれる。不均衡是正で、米側から厳しい注文が付くのか、安倍政権は戦々恐々である。とりわけ自動車が目の敵にされそうだ。ただ、日本企業は174万台の車を米国に輸出しているが、米国内でも377万台を生産し、150万人の雇用を生み出している。さらに、現地生産された日本車の一部は輸出にも回り、その輸出額は757億ドルに達している。つまり、これだけモノづくりが国境を越えている時代に、2国間の貿易収支にこだわることが時代遅れなのだ。しかもそれを高関税政策で是正できると考えるのは愚の骨頂である。トランプが理解してくれようがくれまいが、日本側は自由貿易の原理原則に立つべきだ。季節がめぐり、暑さが去るといずれはそこに収斂していく。さて、焦点の自民党総裁選であるが、党内第3派閥の竹下派(平成研)の参院議員サイドに石破茂元幹事長を支持する動きが表面化した。それでも「安倍3選」に揺るぎはない――。

(2018年7月30日)