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「安倍政権の終わりが見えた」のか?

 1980年代に流行した「マーフィーの法則」とは、日常生活に潜む「あるある話」を集めたものだ。「失敗する余地があるものは、いずれ失敗する」。先達の経験から生まれたユーモラスでちょっぴり哀愁に富む経験則をいう。このデンで行くなら、コロナ禍の危機対応でドジばかり踏み「失敗の余地だらけ」だった安倍晋三首相は、必然の帰結として黒川問題でとどめを刺された。永田町の景色は、政権終焉へのダメ押しをしてくれたという印象だ。緊急事態宣言の全面解除に踏み切ったとはいえ、周りを見渡しても起死回生の手立ては転がっていない。

 5月25日の記者会見で、安倍首相は「経済再生こそが政権の1丁目1番地だ」と言った。20年1〜3月期のGDPは年率換算で3.4%減、4〜6月期は更なる大幅減が確実だ。感染の第2波で再び経済を止めざるを得なくなる可能性も高い。スペイン風邪は春の小流行後に秋冬の大流行が来て、多数の死者を出した。感染防止のブレーキと経済のアクセルを案配しながらの運転になるが、経済が底を這い続けるL字型になるのは避けられそうもない。「1丁目1番地」ではなく「網走番外地」が待っているかもしれない。

 この2、3年でBC(Before Corona)の経済に戻すことが不可能ならば「安倍政権、頑張っている」と評価されるには、ケツをまくってあらん限りの金を投ずることしか方策がない。財政規律なんて言葉は棚上し、弾が尽きるまで撃ち続けなければならない。今後、歳出総額31兆9000億円(事業規模ベースで約117兆円)の第2次補正バズーカ砲をぶち込む。当然、財政支出の拡大は続き、同時に歳入も減るので財政赤字の拡大は止まらない。米国も同じだ。現状は、中央銀行が国債などの買い入れを増やし、政府の赤字を引き受けている。これは、かの異端経済学、現代貨幣理論(MMT)の実践そのものではないか。かつてMMTをせせら笑っていた麻生太郎財務相兼副総理は今どういう思いなのか。

 マスコミ各社の最近の世論調査が、安倍内閣の「瀕死」状態を投影している。「毎日新聞」の23日の調査では、支持率が前回から13ポイント急落して27%になった。不支持率64%。「朝日新聞」の23〜24日の調査は支持率29%で第2次政権発足以来最低を記録した。不支持52%。支持率20%台は政権維持の「危険水域」とされる。自民党の閣僚経験者らは「黒川問題が響いた」とため息を漏らす。

 またも文春砲である。「週刊文春」(5月21日号)は「黒川弘務検事長は接待賭けマージャン常習犯」の見出しで大々的に報じた。マージャンを終えて緊急事態下の1日未明にマンションを出る黒川氏らの写真付き、言い逃れできないスクープだった。他の面子は産経新聞記者2人、朝日新聞記者1人。黒川氏は22日、辞任を表明した。大手新聞が御用告知機関に堕した現在、もし筆者が「ナベツネ」になれたら文春を買収に行く。

 黒川東京高検検事長は「官邸の守護神」と言われた。2月に63歳で定年退官予定だった。だが、政府が過去に例のない解釈変更による閣議決定で定年を半年間延長、政官界では、黒川氏を検事総長に据える布石、との憶測が広がった。とりわけ黒川氏を重用してきたのは菅義偉官房長官である。「子飼い」の河井克行前法相、夫人の案里参院議員の公選法違反事件のなり行きが気が気でない菅氏は、痛くもない(いや、実際はかなり痛いはずだ)腹を盛大に探られた。

 18日、検察官の定年延長のための検察庁法改正案は今国会成立が見送りとなった。安倍首相は「国民のご理解なくして前に進めていけない」と語った。ツイッター・デモに象徴される広範な世論の反発にギブ・アップしたのが原因とされる。そういう面があったことは否定しないが、意地悪く勘ぐれば、官邸内でこんな葛藤があったのではないか。

 法改正を断念したのは、黒川氏失脚の可能性が18日の段階で安倍官邸に伝わっていたからだと思われる。文春記者が黒川氏に直当たりしたのは17日だった。黒川氏は当然自らの「行く末」を官邸に相談しただろう。出た結論は「持ちこたえられない」。となると、政府には法改正を「必要、急務」で強行する理由がなくなった。国民の反感を買ってまで急いだのは、閣議決定で半ば脱法的に留任していた黒川氏の定年延長を事後的に正当化すること、更には黒川氏を検事総長にする道筋を作ることだったからだ。ところが、黒川氏本人が職にとどまることができなくなった以上、改正案は役に立たない空文になってしまった。

 余談になるが、黒川氏のマージャンのレートは「テンピン」(1000点あたり100円の計算)だったという。5900万円の退職金を払い、訓告処分で終わったところ見ると「賭博罪」に当たらないらしい。すぐさま、ホリエモンが「テンピンなら合法ね」とツイートし、橋下徹氏は「これで日本は法治国家でなくなった」とつぶやいた。「マーフィーの法則」では「人生で楽しいことは、違法であるか、反道徳的であるか、太りやすい」が該当しそうだ。

 06年12月、鈴木宗男衆院議員(当時新党大地)は、外務省内で違法賭博が行われていたとの報道を受け、賭けマージャンを含む賭博の定義について質問主意書を提出している。第1次安倍内閣は「賭けマージャンは刑法の賭博罪が成立しうるものと考えられる」と回答している(26日刊ゲンダイ)。安倍内閣の8年間は、言葉の重みを根底からそぎ落とす「功績」があったとしか言いようがない。

 25日、女優の小泉今日子は安倍首相の発言について「こんなにたくさんの嘘をついたら、本人の精神だって辛いはずだ。政治家だって人間だもの」とツイート。続いて「♯さようなら安倍総理」とハッシュタグ(検索目印)をつけてかました。芸能人が政治に控えめである必要はない。ステイ・ホームを強いられてきた芸能人が、スマホで鬱憤を晴らしたっていいではないか。その昔、女優の山田五十鈴が「芸能人が政治的発言をするな」と黙らせる空気に対して名セリフで応じた。左翼シンパと言われた俳優、加藤嘉との結婚の際「アカくなった」と揶揄されたことに「貧乏を憎み、誰でも真面目に働きさえすれば幸福になれる世の中を願うことがアカだというのなら、私は生まれた時からアカもアカ、目の覚めるような真紅です」とタンカを切った。

 御厨貴・東京大学フェローは歴代政権のご意見番、是々非々の論客として知られる。その御厨氏が18日の「日経ビジネス」電子版で安倍政権について語っている。「安倍政権は8年もやって、やり方がすべて決まっている。ルーティン化、政治を行政化することでやってきた。ことを起こすことで人を納得させてきた政権であるが、最初から政権ができることしかやっていない。(中略)リーダーは取り換えないとダメだ。8年間やって来たことの繰り返しになる。説得力がなくなる。安倍さんが悪いわけじゃないが、続けても世の中は変えられない」。過激な論調であるが、本質を見抜いている。計8年間も続いたのは、ライバルがいなかった、野党が体たらくだった、という外部要因を別の場で指摘している。

 「政権の終わりが見えた」の声は自民党内でも聞かれるようになった。コロナ対応でレームダックに入り、黒川問題で引導を渡された、という構図になる。

 「官邸と自民党の間に隙間風が吹いている。このまま支持率低下が続くと『安倍じゃ選挙を戦えない』と、党内でも潮を引くように安倍さんから人が離れていく」(主流派ベテラン議員)

 「自民党の中もこれまでは官邸にビビりまくっていたが、今はそうでなくなっている。もう終わりが見えていることにみんなが気付いている」(別の主流派議員)

 「マーフィーの法則」の面白さは「常識を裏切ることを、言い切る」ことにあるのだが、それでいて「それ、あるある」と膝を打たざるを得ない点だ。こういう例文もある。「何か失敗に至る方法があれば、あいつはそれをやっちまう」。安倍さん、もう一度失敗をやらかしたら、それこそ万事休すだ。

(2020年5月29日)