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日米首脳会談は「満額回答」だったのか?

 「どこが善戦なんだ」―。麻生太郎副総理兼財務相は言い放ったが、投票日前「完膚なきまでに打ちのめす」と豪語していた安倍陣営は結果をみて顔色を失った。青ざめた理由を検証してみたい。

 自民党総裁選は安倍晋三首相が533票、対抗馬の石破茂元幹事長が254票だった。マスコミの事前情勢分析で、国会議員票は安倍が自民党細田、麻生、岸田、二階、石原各派と竹下派の衆院議員の支持を受け、無派閥議員を含めて343票を固めていたはずだった。得票をみると十数票取りこぼしたことになる。投票直前の出陣式で、ゲン担ぎの「かつカレー」を食べたうち4人がまんまと食い逃げしたことも判明した。一方石破氏は、石破派と竹下派の参院議員、無所属議員の計51票程度の基礎票から約20票上積みした。

 焦点の党員票は、安倍が242票(全体の約55%)、石破181票(同約45%)。安倍陣営は当初、7割を目標にしていただけに石破の善戦が際立った。現職首相という有利な立場であるにもかかわらず55%にとどまったのだから、陣営も青ざめるわけだ。党員票は国民全体の世論により近いとみられている。

 投票日2日前、筆者は安倍陣営の国会議員と話す機会を得た。「安倍さんの地方党員票は相当しんどい」と彼は吐露した。地元事務所から党員向けに電話で安倍支持を頼んでいるが、その反応が前回(2012年)と全く異なると言う。前回は「分かっていますよ。安倍さんに入れますから」と即答したのが、今回は「まだ決めていません」「じっくり考えてみます」という逡巡に様変わりしたそうだ。ちなみに電話をかける事務所員は前回と同じだから、彼我の違いを肌身で感じている。国会議員は「私の感触では党員票の安倍支持は6割に届いていない」と断言したが、結果と見事に符合した。山形、茨木、群馬など10県で石破氏は安倍氏を上回った。

 自民党員の中にも安倍氏に対する批判が根強いことを示す結果は、独善的な姿勢や政治手法に党員ですら不満を抱いていることの証左と言える。慢心が鼻につく安倍話法、とりわけ「モリ・カケ」問題での説得力に欠ける対話力への反発が尻上がりに石破を押し上げた面がある。その一方で、安倍氏を勝利に導いた要因は、とりあえず好調な経済と外交でのキャリアに違いない。経験と人脈で、今安倍氏に変わり得るリーダーを自民党内に見つけるのは難しい。

 安倍氏は2021年9月まで向こう3年間の任期を手にした。たぶん今が「安倍1強」の絶頂期で、登山に例えれば、山頂にいる。だが、登った山は必ず下らなければならない。しかも山での事故は下りが圧倒的に多い。これからの3年間、否応なく緩慢なレイムダック(下り坂)に入る。慎重に下っても足の疲労で滑落することもある。国政選挙で大敗すれば、任期を全うすることもかなわない。賞味期限の分かっている人に政界は冷たい。

 英誌「エコノミスト」元編集長のビル・エモット氏が毎日新聞のコラム「時代の風」(9月23日)に次のように書いている。「国家の指導者は最後の任期を迎えると、国や世界に自分が与えた影響について後の歴史家が肯定的に記述するよう、自身のレガシー(遺産)に専念するものである。安倍晋三首相はこれが最後の任期だ。首相を通算10年務めること自体、内政的には相当な業績である。だが、対外的には、日本の指導者が頻繁に代わる時代を終わらせたという程度のことだ。首相官邸の単なる『偉大な生き残り』以上に、自身を記憶させることが主な任務となる」

 安倍氏の「1丁目1番地」が憲法改正であるのは論をまたない。果たして、安倍氏は3年間で改憲をレガシーにすることができるのか。最近、安倍氏とサシでじっくり話したという経済人から興味深い話を聞いた。安倍氏が憲法9条に自衛隊を明記したいと願っているのは周知の事実である。ただ、安倍氏はこうも言っていたそうだ。「私が改憲を言わないと、衆参の憲法審査会が全く動かない。しかし私が言うと党内の一部とメディアが騒ぐ」。確かに衆院憲法審査会メンバーには「反安倍」派がいるので動きは鈍いし、国会での改憲論議は発議までには程遠い。間断なく繰り返される安倍氏の改憲発言は、動きを止めないための檄というわけらしい。加えて、国会発議に持ち込むには、来夏選挙のある参院での「3分の2」を維持しなければならない。これが極めて厳しい状況で、どうあがいても与党が議席減になるのは避けられない。ならば衆院選とのダブルを画策するか。

 この点に関して安倍氏の本音がにじむ肉声は「小選挙区制の今、中選挙区制時代の衆参ダブル選挙とは決定的に違う」。そのココロを解き明かすと、中選挙区制では同じ選挙区の自民党議員同士が競って強固な支援組織を作り、その組織が票の争奪を巡って熾烈に戦い合うことで参院議員まで巻き込んで票を嵩上げした。これが衆参ダブル選挙の副次効果だった。しかし、現行の小選挙区制では各選挙区の候補者が組織作りに不熱心で、執行部に「おんぶにダッコ」状態になっている。これではダブル選挙にする相乗効果は半減以下になる。くだんの経済人は「来夏の衆参ダブル選挙はほぼ間違いなくない」とまで言い切った。

 安倍氏が現在レガシーにしたいと考えているのは「ハードルが高い憲法改正というより、アベノミクスの完遂、具体的にはデフレ脱却宣言だ」と言う。その根拠となるこんな会話があったそうだ。安倍「自分は過去の誰よりもこの国で若い世代に雇用を与えたことに強い自負を持っている。株価ではない、雇用だ」。それに続けて「70歳雇用を努力目標だけでなく、70歳を超えた人でも健康でやる気があれば雇用の機会を与える法的かつ構造的な制度改革に取り組みたい」。こうした一連の首相発言を撹拌、凝縮したうえで整理すると、安倍氏が向こう3年間のスパンで考えているレガシー候補は、社会保障制度改革、消費増税による財政再建への手掛かり、働き方改革を通じた高齢者雇用、に収斂するように思う。

 海外に目を転じる。26日午後(日本時間27日未明)、ニューヨーク市内のホテルで日米首脳会談が行われた。トランプ米大統領が対日貿易赤字の削減を求めていることを受け、両首脳は農産物などの関税を含む2国間の物品貿易協定(TAG)の交渉開始で合意した。本格的な交渉開始は年明けになるとみられ、協議中は米政府が自動車への追加関税を発動しないことで一致した。ウィン・ウィンというより、互いに成果があったと思い込みたいような中身である。それでも、現時点では日本にとって「満額回答」である。

 トランプ氏は今春以降、米国に輸入される自動車や同部品に20〜25%の追加関税を課す輸入制限をちらつかせながら、各国との通商交渉で譲歩を迫る手法を連発している。日本の対米自動車輸出は174万台で輸出の4割を占めており、輸入制限が発動されれば国内経済が大打撃を受ける。日本のほか欧州や韓国など自動車を主要産業とする国も回避に躍起になっている。さしあたり、ワーストシナリオは避けられたが、見返りに牛肉など米農産品の関税引き下げで妥協を迫られることになる。

 トランプ氏が米大統領に就任して以来、世界中がその言動に振り回されてきた。彼が特異な人物かどうか別にして、各国に奪われたと本人が思っている米国の利益を奪い返そうとしているのは本気のようだ。

 20世紀を通じてあらゆる面で米国はナンバー1を維持した。その米国製造業の横綱である米国車が日本で売れないのは何か不公正な商慣行があるに違いない。これが米国の一般市民の素朴な思い込みであり、それをトランプ氏が代弁した。図体が大きく、燃費も悪い米車は日本の道路では通用しないことなど想像すらしない。トランプ氏が再選されると、あと6年半トランプ流「米国ファースト」に世界は翻弄されることになる。

 ローマ帝国しかり、大英帝国しかり、永久にナンバー1であり続ける国はない。今後数十年「唯一の超大国」の座から滑りつつある米国は中国との緩慢な覇権交代期に入っていく、と主張する大沼保昭・東大名誉教授の論が正解だとするなら、トランプ氏は没落期に入った米国の指導者として「歴史にあらがう」旗手なのかもしれない。トランプ大統領が歴史の歯車を逆回転させるのは無理と気付く時期は果たして来るのだろうか。

(2018年9月28日)