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米中の「覇権抗争」は貿易から宇宙へ !!

 政界は衆参ダブル選挙に傾いている。自賛するわけでないが、筆者はかねてからダブル選挙説を唱えていた。ここにきて「ダブルなし」から宗旨替えした永田町ウォッチャーも多く、確率は7割だとみている。安倍晋三首相は解散の大義名分を必至に考える日々だ。詳しくは5月25日号「インサイドライン」を参照していただきたい。

 小欄では、目を外に転じ土壇場で決裂した米中貿易交渉について触れたい。世界1位と2位の経済大国のケンカが長引いたら、日本を含め世界経済全体はとんでもないことになる。どこかで大団円するシナリオをあるのか。それとも昨年秋、筆者がワシントンで会った米国防大学国家戦略研究所のジェームズ・プリスタップ上席研究員が言うように「行きつくところまで行くしかない」のか。

 米中摩擦は、対岸の火事ではない。中国経済の減速に引きずられ、わが国の景気動向指数の基調判断は6年ぶりに「悪化」に転じている。とりわけ半導体部品の輸出に異変が生じている。米国は、対中関税引き上げに加え、中国のファーウェイ(華為技術)に対して事実上の輸出禁止規制を実施、日本企業にも影響が広がっている。ファーウェイは2018年、日本企業から7000億円の部品を調達した。パナソニック、ソニー、東芝メモリなど取引企業は多い。

 4月には米中合意に向け楽観ムードが漂っていた。ベースラインシナリオは、中国の劉鶴副首相が訪米(5月9〜10日)、ロバート・ライトハイザー米通商代表部(USTR)代表との最終協議で大筋合意する。それを受けて、習近平国家主席が6月上旬にワシントンを公式訪問してトランプ米大統領との「署名サミット」にこぎつける。投資家らは情報に一喜一憂し、株は乱高下した。

 ところが5月に入ると、降って湧いたように破談が来た。トランプ大統領は5月5日、中国批判のツイートを2本発信した。米中交渉は最終局面で暗雲が立ち込め、翌6日のニューヨーク株式市場は先週比471ドル安まで下落した。日本は「令和大型連休」の最中だったが、明けた7日の東京市場は連休入り前日から335円安で引けた。

 「ちゃぶ台返し」をしたのはどちらなのかを巡って諸説紛々だ。実は劉鶴氏訪米にさかのぼる1週間前に、ライトハイザーUSTR代表とムニューシン財務長官が北京を訪れている。この時点で、すでに決裂の兆しがあった。それまで5カ月間の米中交渉で、中国側は米側が強く求める構造改革について@強制技術移転A知的財産権保護B農業Cサービス部門D非関税障壁E為替ルートの6分野でほぼ全面的に受け入れて覚書まで取り交わしていた。

 ところが、ライトハイザー氏は、中国側がその合意内容を検証・実施させる厳格な枠組み(いわゆる「執行メカニズム」)づくりに本気で取り組んでいないと強く批判した。これに対し、劉氏は先の全人代で外商投資法と特許法改正案を成立させるなど構造改革を進めていると反論したが、米側は一顧だにしなかった。

 この時から何が起こったのかについて、中国ウォッチャーらが様々な考察をしている。「日本経済新聞」(5月16日付朝刊)の中沢克二編集委員は、中国側は5月初めに米中協議で積み上げた150ページの合意文書案を105ページに修正・縮小して(削除された部分に「中国の構造改革の実行を担保する法的措置」が含まれていた)米側に通告していた。さらにその直前に開かれた共産党政治局常務委員会や政治局会議で、貿易交渉合意署名は中国近代史・清王朝時代の英国や日本との「不平等条約」と同じであるとの批判が噴出した、とすっぱ抜いた。

 筆者もまた大型連休入り前に、経産省内ナンバー1の中国ウォッチャーから、習主席が絶対権力を掌握したはずの共産党内で対米融和路線への批判・不満に直面していると聞かされていた。

 ニューズレター「溜池通信」を発信している双日総合研究所の吉崎達彦チーフエコノミストが「米中貿易戦争への個人的見解」(5月24日号)と題して興味深い持論を展開している。概要は以下の通りである。

 交渉が決裂した5月10日劉鶴氏は珍しく記者会見に応じ「中国側は三つの核心的な関心事について決して譲歩しない」と述べた。3点とは@すべての追加関税を撤廃することAアルゼンチン(昨年12月米中首脳会談)で決めた貿易調達の数字を変えないことBどの国にも自らの尊厳があり、協議文書のバランスを改善せねばならない、である。@Aは技術的問題で、特に違和感はない。ところがBの「国家の尊厳」という言葉は、実務家肌の劉鶴氏のボキャブラリーではあるまい。党のお偉方に言われたことをそのまま言っている、あるいは言わされている。5カ月間にわたって協議文書を作ってきた当事者が突然「国家の尊厳がある」などと言い出すのは不自然だ。取締役会で叱りつけられた営業部長が取締役に言われた通りのことを対外的に言わされている、と言った状況が思い浮かぶ。これまで「学友」である劉鶴氏を信用し、対米交渉を任せてきた習近平氏もさすがに守り切れなくなった、と吉崎氏は綴っている。

 従って吉崎氏の推論は、ちゃぶ台返しをしたのは中国側で、トランプ大統領がそれに激怒したという構図である。中国は、誇り高き「中華思想」の民族である。米国から偉そうに「構造改革で近代化せよ」と押し付けられるのは耐え難かったのか。しかし、長いスパンでみると、一種の「外圧」をバネに国内の構造改革を進めるのは歴史上いくらでも散見する。明治維新もそうである。おそらく、中国国内には真の構造改革に踏み出す絶好のチャンスだったのに、と歯がみしている「改革派」もいることだろう。

 中国は憲法で「党の指導的役割」を定めている。「チャイナ・セブン」と言われる共産党中央政治局常務委員が、会社で言えば取締役だ。CEOは言うまでもなく習近平氏。実務家の官僚党員は7人衆からみると、はるか格下で取締役会に呼びつけられ「出過ぎたことをするな」と言われたら従うしかない。

 吉崎氏は「中国外交の問題点は、対外関係担当者の国内的地位が低すぎることにある」との私見を披歴しているが、我が意を得たりだ。普通の国では外相の地位は高いが、中国では党における外交部長の序列が低い。だから、中国側のカウンターパートが自分たちと同等な立場と思っていると、今回のような事態を招く。

 劉鶴氏はハーバード大ケネディスクールを出ている経済学者だ。中学時代は習近平氏と同窓である。17年政治局員に選ばれた。今、たとえ米国の言いなりになっても5年もすれば経済で1位と2位は逆転するとの計算が働いていたかもしれない。その深慮遠謀を取締役会の「守旧派」がひっくり返したというのは考え過ぎだろうか。

 かくして、米中冷戦は先が見通せない状況になった。経産省幹部は「合意をみて米国が関税引き上げを行わない、合意をみず関税引き上げが行われる、の2択しかない。究極のチキンレースの行く末は見えていない」とお手上げの様子だ。外務省幹部は「米中メディアの『合意する』といった楽観的報道は、対中穏健派のムニューシン財務長官からの情報を基にしていたからだ。ただ、9月21日のレイバー・デー(労働者の日)までに米側も一定の合意に漕ぎつけようとしていると思う」と語る。

 これまでも指摘してきたことだが、米中貿易戦争をより複雑にしているのは「ファーウェイ問題」である。「中国製造2025」を掲げる中国のITや宇宙技術の進歩は目を見張るものがある。放置するとサイバー空間や宇宙での領域で中国の後塵を拝するのではないかと米国は焦っている。だから、米軍内を中心に対中強硬論が鳴りやまないのだ。先の日米首脳会談後の記者会見で、トランプ大統領が「24年までに人類を再び月へ送り込む計画を日本と共同で推進する」と語った。日本のメディアはほとんど報道しなかったが、日米同盟を宇宙規模まで拡大するのは対中国への強烈なメッセージが込められていた、と米国ウォッチャーは指摘している。

(2019年5月31日)