11日7日号「国家ビジョン」を欠く菅氏の不安材料ー首相を待ち受ける困難。それはまず衆院予算委員会での首相答弁だ

「菅さんって、マイクロ・ミクロ政策にしか関心がない方だと思いますよ」――。菅義偉首相のマクロ経済政策のブレーンは誰ですかと、霞が関幹部に尋ねた際の答えである。 以下は10月13日付で内閣官房参与に任命された6人の顔ぶれだ。デジタル政策担当=村井純慶応大学教授、経済・財政政策担当=高橋洋一嘉悦大学教授、感染症対策担当=岡部信彦川崎市健康安全研究所長、経済・金融担当=熊谷亮丸大和総研チーフエコノミスト、産業政策担当=中村芳夫経団連顧問、外交担当=宮家邦彦立命館大学客員教授。 
菅政権は同16日、第2次安倍晋三政権で成長戦略を担った「未来投資会議」を廃止、新たに設置した「成長戦略会議」(議長・加藤勝信官房長官)の有識者メンバーを発表した。慶応大学の竹中平蔵名誉教授、小西美術工芸社のデービッド・アトキンソン社長、国際政治学者の三浦瑠麗氏、日本商工会議所の三村明夫会頭、三井住友フィナンシャルグループの国部毅会長、SOMPOホールディングスの桜田健悟社長、ディー・エヌ・エー(DeNA)の南場智子会長、フューチャーの金丸恭文会長兼社長の8人である。 この陣立てを見ると、経済人は三村、国部、桜田、南場、金丸の各氏、経済学者が竹中、高橋両氏、そしてエコノミストは熊谷氏唯ひとりである。際立つ存在は、英国人でゴールドマンサックス(GS)出身のアトキンソン氏だ。インバウンド(訪日外国人客)の増加政策で菅氏に助言をして絶大な信頼を得ているとされる。確かに、マクロ経済政策の助言者は見当たらない。菅氏自身が関心を持たない故だろうか。 
冒頭の会話に戻る。マクロ経済政策について質問されたことがないと語ったその官僚は次のように言う。「菅首相から日本をどのような国にしたいのか、いわば国家ビジョンを聞いたことがありません。外交が不得手だとは言いませんが、はたして安倍さんのように、トランプ(米大統領)やプーチン(ロ大統領)とテタテ(通訳のみ)の首脳会談をやれるでしょうか」。 
世上では政治手腕に定評がある菅氏は狡猾な政治家とみられている。7年8カ月に及んだ官房長官時代を通じて霞が関官僚群を完全掌握したともいわれる。他方、自民党内では「政治の師匠」梶山静六元官房長官同様、負け戦とわかっていても勝負すべきときには敢然と挑むその男気に魅入られる中堅・若手が多い。加えて、1996年10月総選挙の初当選同期から派閥を超えて支持されている。山口泰明選挙対策委員長(竹下派)、佐藤勉総務会長(麻生派)、下村博文政務調査会長(細田派)、平沢勝栄復興相(二階派)、、河野太郎行政改革・規制改革担当相(麻生派)らである。 
であるとしても、今日のような困難な時期のネーションリーダーたりうる国家ビジョンを持ちえていないとしたら、これから菅氏を待ち受ける難題は何だろうか。 ▶︎

▶︎それは来年1月召集の第204回通常国会の衆参議院予算委員会での首相答弁である。衆参院予算委員会での首相答弁は施政方針演説とは訳が違う。首相秘書官(事務担当)が準備する歴史上の名言や今流のキャッチコピーを盛り込んだ演説原稿を読み上げるだけではない。予算委員会初陣の菅氏は自分の言葉で政治信条を述べることが求められるのだ。 
 想起して欲しい。安倍晋三前首相が、この2年間の予算委員会で「モリカケ」と「桜」についての関与疑惑で批判の集中砲火を浴びたが、最後は疑惑追及を振り切った。永田町や霞が関ですら「真実を話していない」という声が上がったものの、安倍氏自らの政治信条を織り交ぜながら自信に満ちた答弁に野党は太刀打ちできず追い詰めることができなかった。この「政治信条」と「自分の言葉」がキーワードとなる。 
 新たな立憲民主党を立ち上げた枝野幸男代表は予算委員会で野党の先頭に立って菅首相に論戦を挑む。その際、菅首相は想定問答集を読み上げるだけでは済まない。 
 安倍氏が政治信条を繰り返すことで追及相手をたぶらかしたとはいわない。語彙が豊富で故事来歴にも通じた安倍氏が答弁すると、その説明が“うそ八百”だったとしても、国会中継を見ている国民は何となく納得してしまったのだ。そこが安倍氏の凄いところで、菅氏にはそれがないと思われる。 とはいえ、菅氏が打ち出した「改革推進政権」のイメージ定着もあり、日本学術会議の新会員候補6人の任命見送り問題が出来したが、内閣支持率は60.5%(共同通信調査)と依然として高い。とりわけ、菅氏が政権発足直後から進めてきた携帯電話料金引き下げと不妊治療の保険適用は年末までに法制度・財源ともにメドがつく。早期の実績作りを優先する菅政権が次に用意するのはデジタル庁創設だ。同庁が構想どおり機能するには一両年かかる。だが、同庁設置法は来年の通常国会前半に成立する。 
 では、菅氏に首相答弁以外の不安材料はないのか。菅氏が首相の座を射止めたのは二階俊博幹事長の全面的な協力なくしてかなわなかった。それ故に二階氏の胸中には「菅・二階連立政権」との思いが強い。二階派優遇の党役員人事がそれを証明している。林幹雄幹事長代理(選挙対策委員長代理)、山口壮筆頭副幹事長、吉川貴盛選対委員長代行、櫻田義孝組織本部長代理、福井照経理局長、小泉龍司国際局である。 
 当然であるが、最大派閥・細田派、第2派閥・麻生派、そして竹下派から「やり過ぎだ」との声が絶えない。万が一、菅氏が地雷を踏むようなことになれば、3派が直ちに牙をむくのは間違いない。 そこで今、再び早期衆院解散・総選挙説が浮上してきたのだ。先述の「ミクロ政策」の実績を掲げ、真水で30兆円規模の今年度第3次補正予算の編成、来年度政府予算案を閣議決定したえで、首相は1月の通常国会冒頭で解散するというのである。はたしていかに。