1日9日号 「なぜ菅氏はGoToで判断を誤ったかーGoToトラベル一斉停止の判断が遅れた背景には、首相独自の政治手法がある」

菅義偉政権が発足して3カ月余が経った――。 
 ところが、12月に入るや菅内閣の支持率は急落した。新型コロナウイルス感染拡大に歯止めがかからず、菅首相主導でスタートした「GoToトラベル」事業は年末・年始の全国一斉停止を余儀なくされた。 直近のNHK世論調査(12月11~13日実施)によると、内閣支持率は前月比14ポイント減の42.4%、不支持率が同17P増の36.0%である。支持率の10P以上の下落は2017年7月の安倍晋三内閣(48%→35%の13P減)以来である。 
 毎日新聞調査(12日実施)では、支持率が前月比17 ポイント減の40%、不支持率は同13P増の49%となり、菅政権発足後の調査で初めて不支持率が支持率を上回った。 改めて指摘するまでもなく、「GoToトラベル」が東京都を筆頭に北海道、大阪などで新型コロナ感染の急拡大を招来したと、国民が受け止めているからだ。 政府の補助金給付による移動・宿泊促進がコロナ感染拡大を招き、さらに医療従事者の困憊と医療崩壊の一歩手前まで追い込んだ「GoToトラベル」は、菅首相が経済社会活動再開に不可欠と判断したのである。 
 この菅首相の判断は、コロナ禍の飲食・外食・ホテル・旅館等サービス産業、鉄道・航空など輸送業界への壊滅的なダメージを阻止できるとの「信念」に基づくものだった。たとえ菅首相が従来から観光業界に理解があった政治家であるとしてもだ。 だがそこには、国民の命と安心のために激務を厭わない医師・看護師など医療従事者、そして病院・保健所など医療機関を包めて「医療ビジネス」と見なす思いがいささかでも胸中にあったのではないか。所詮、「利」を求める業界であると。 菅首相がコロナ対策に手を抜いたと言うつもりはない。菅首相が数多いるブレーンとの協議の中で、矢継ぎ早に繰り出す質問は具体的且つ詳細に及び、医療専門家も驚くほどだったという。 菅首相がコロナ対策に傾注してきたことを否定しないが、12月16日の記者会見で次のように述べている。 
 《「様々な対策を講じてきたが、先週末に3千人を超える感染者あり、高止まりの状況であり……。そうした状況を真摯に受け止めている」と発言した。事実上の「敗戦の弁」ともいえる言葉には、首相の苦渋がにじんだ》(同日付の朝日新聞電子版)。 年末28日から年始11日までの全国一斉停止を表明したのだ。それにしても、判断が遅きに失したのは紛れもない事実である。 
 なぜ、判断を間違ったのか。それは恐らく菅首相の政治手法に関わることではないか。では、「菅流」の政治手法とは如何なるものか。 端的に言えば、「トップダウン」である。自ら信じる事については絶対にブレないが、永田町と霞が関関係者以外の人物の話にも真剣に耳を傾ける。それにしても頑なさたるや半端ないものがある。▶︎

▶︎菅首相は「国家ビジョン」に欠け、外交・安全保障政策の知見と経験がなく、与野党攻防の主戦場となる1月18日召集の第204回通常国会の衆参議院予算委員会での首相答弁に不安があると、筆者は書いた。 ところが過日、夕食を交えて懇談した主要省庁の元最高幹部から次のような指摘を受けた。 
 「そうとも言える。だけど菅さんは7年8カ月に及んだ官房長官時代に政策の森羅万象すべてについて通暁したのです。官僚から厳秘を含むブリーフィングを受けた前首相の安倍(晋三)さんと同じブリーフィングを受けています。たとえ若干の時差があったにしてもです」――。 
 これが件の「森羅万象」発言の根拠というのである。金融・財政政策、経済産業・エネルギー政策から外交・安保政策に至るまで自ら決めるのが「菅流」というのである。 
 一例を挙げる。菅政権の肝である「グリーン戦略」が分かり易い。 想起してみれば、菅首相が9月の自民党総裁選で掲げた公約「自助、・共助・公助、そして絆―地方から活力あふれる日本に!」の最終パラグラフに《また、脱炭素化などの温暖化対策、エネルギーの安定供給に取り組みます。》と記していたのだ。 
 そして年の瀬の12月4日、経済財政諮問会議後の記者会見で、温室効果ガスの排出量を2050年までに実質ゼロとする方針を言明した。 筆者は寡聞にして、菅首相が再生可能エネルギー政策と環境問題に強い関心を持っていると聞いたことがなかった。 
 だが、先述の「森羅万象」ではないが、菅首相は側近の助言を容れるや直ちにアクションを起こす。昨年秋ごろから再生可能エネルギー問題の切り札として「水素」に目を向け、政策立案を関係部署に指示している。ちなみに洋上風力発電も同様である。 
 そのヒントとなったのが昨年6月に大阪で開催された20カ国・地域(G20)首脳会議直前の「持続可能な成長のためのエネルギー転換と地球環境に関する関係閣僚会合」で発表された国際エネルギー機関(IEA)の「水素レポート」だった。 エネルギーシステムの脱炭素に果たし得る幅広い可能性に言及したものである。これを「菅流」で昇華させようとしている。 すなわち、再生エネルギーとして水素に関わる戦略立案全般は経済産業省外局の資源エネルギー庁新エネルギーシステム課と、水素の製造・貯蔵・運搬拠点として港湾を担当する国土交通省港湾局産業港湾課を束ねて推進する。まさに「行政の縦割り弊害」打破の象徴にするのだ。 
 一方、先に発表した事業規模73兆6千億円の追加経済対策にも「菅流」が見て取れる。個人的な価値観である「自助」を反映しているのだ。安倍前政権で実施された様々な現金給付策の出口を視野に入れながらも、ひとり親世帯対象の臨時特別給付金の年内再給付は例外とし、「自助」と「公助」の視点を盛り込んでいる。 コロナ次第の様相であるが、問われる真価は来春に明らかになる。