4月24日号 「菅氏に問われる『台湾有事』への覚悟ー緊迫の度を増す台湾海峡。有事での連携を重視する米国の要求に菅政権はどう対処するのか」

最近、菅義偉首相の「外交攻勢」が際立っている。 4月15~18日に訪米、首都ワシントン滞在中の16日にホワイトハウスでジョー・バイデン大統領と会談した。 さらに大型連休(ゴールデンウィーク)期間中にインド、フィリピン両国を訪問する。ニューデリーでナレンドラ・モディ印首相、そしてマニラでロドリゴ・ドゥテルテ比大統領と会談する。 これらの会談は、中国の習近平・国家主席(共産党総書記)が推進する広域経済圏構想「一帯一路」と、中国海軍の南シナ海での海上覇権活動を念頭に、「自由で開かれたインド太平洋」の実現に向けた連携を確認するためである。 
 ここに至るまでには紆余曲折があった。インド太平洋地域を巡る中国の活発な軍事行動によって招来されたものである。 日米首脳会談前の3月12日、バイデン氏の呼びかけで日米豪印の戦略的枠組み「クアッド」4カ国首脳協議がオンラインにより初めて開かれた。同協議では4カ国が連携して新型コロナウイルスのワクチンを東南アジア諸国連合(ASEAN)10カ国に供給することで合意をみた。 
 一方、クアッドを中国に対する多角的な戦略連携の死活的な舞台と位置付ける米国と、カシミール地方の係争地を巡り軍事衝突を繰り返すものの対中貿易赤字が膨らむインドとでは対中姿勢に濃淡のあることが露呈された。 その後、アントニー・ブリンケン米国務長官は16、17両日に東京とソウルで開催された日米、米韓外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)、さらに18日の米アラスカ州アンカレジでの米中外交トップ会談を通じて激烈な中国批判を繰り返した。尖閣諸島(沖縄県石垣市)を含む東シナ海や南シナ海などでの中国の攻撃的な行動や緊張が高まる台湾情勢などの具体例を挙げてのものだった。それだけではない。香港・新疆ウイグル自治区の人権抑圧について「ジェノサイド(大量虐殺)」と断じたのだ。 
 3月23日、米上院軍事委員会が開かれた。ジョン・アキリーノ次期米インド太平洋軍司令官(海軍大将)は指名承認公聴会で「中国による台湾侵攻が大多数の人たちが考えるより非常に間近かに迫っている」と証言した。2027年に中国人民解放軍は創設100周年を迎える。これまで中国専門家の間で「台湾有事」が出来するとしてもその頃ではないか、との見方が支配的だった。ところがアキリーノ証言後、米側から来年2月の北京冬季五輪開催後にも起こりうるとの指摘が相次いで伝えられるようになった。 
 こうした中で、台湾を巡る緊張が一気に高まる事態が発生した。4月5日、台湾周辺海域で中国海軍の空母「遼寧」がミサイル駆逐艦など5隻の随伴艦とともに海上訓練を強行したのだ。他方、同日に中国空軍戦闘機8機と対潜哨戒機「Y-8」など計10機、9日には戦闘機11機が台湾南西部の防空識別圏(ADIZ)内への領空侵犯をした。「海」と「空」の同時作戦であり、まさに台湾海峡は一触即発の状況に向かいつつあるかに見える。 ▶︎

▶︎ここで4月16日の日米首脳会談に戻りたい。本稿執筆時点(同10日)では日米共同声明の内容を正確に把握していない。 だが、同声明に「『台湾海峡』の平和と安定が重要だとの認識で日米首脳会談が一致した」と明記されるのは確実と言っていい。中国への危機感を強めるバイデン氏は2月4日の外交演説、3月25日の記者会見で、同盟国の日本との連携を重視すると言明した。 
 そこから窺えることは、「台湾有事」出来に当たって日本は何ができるのかという問いを菅氏に投げかけたのではないかという事だ。それほど直截的な問いではなかったとしても、そうした趣旨の質問、あるいはそれを前提とした自らの現状認識を披瀝した可能性はある。 
 筆者が承知する限り、米国家安全保障会議(NSC)を筆頭に国務省、国防総省(ペンタゴン)の最大の関心事は、台湾海峡沿いの新竹県樂山の早期警戒レーダー(EWR)基地の安全確保にあるという。台湾北西部の標高2620㍍の樂山頂上に直径30㍍の巨大アンテナ(米レイセオン社製)2基を備える情報収集・早期警戒センターと防空・ミサイル射撃指揮部がある。同基地は、中国空軍戦闘機、爆撃機のADIZ侵入監視と潜水艦発射弾道ミサイルJL-2搭載の戦略原子力潜水艦から発射されるミサイルの探知が主たる任務である。 筆者の関心は、万が一、中国の台湾への武力侵攻が現実味を帯び、中国空軍機による樂山レーダー基地先制空爆で早期警戒機能を失う事態となったら、日本はどう対処するのかということである。 
 ここで改めて向き合わなければならないのが安倍晋三前政権下の2015年9月に成立した平和安全法制である。そのなかでも「存立危機事態」への対処として「武力の行使」を可能にした新三要件がキーである。その第一に「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、<中略>国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること」と記されている。 「台湾有事」に当てはめてみる。樂山基地は台湾軍のレーダー基地であるが、中国軍機や中国原潜を標的とする米軍との事実上の共同運営である。その「監視の目」を喪失することで武力侵攻が容易になる事を、はたしてわが国の「存立危機事態」いえるのか。それは優れて「政治判断」になる。こうした事を踏まえた上で菅氏はバイデン氏と議論を深めたのだろうか。 確かに、菅氏はバイデン氏が大統領就任後に対面で話した最初の外国首脳である。それは「外交成果」といえるのかもしれない。であるとしても、菅氏の背には課題が重くのしかかる。