No.644 12月10日号 微妙な岸田・安倍・麻生三者関係

最近,安倍晋三元首相はイライラが高じて,電話でも声を荒げる場面が多々あり,機嫌が悪いという話が永田町を駆け巡っている。その理由は幾つも想像できる。10月4日の岸田文雄政権発足による閣僚・自民党役員人事に関する不満,その後31日の第49回衆院選における比例代表の党内順位リストへの怒り,さらには安倍に対する当てこすりとも言える11月10日の第2次内閣の林芳正外相人事などが挙げられる。それだけではない。
 7年8カ月に及んだ安倍長期政権の終焉後,1年余の菅義偉政権を経て岸田政権誕生によって自分を取り巻く光景が大きく変様した事に改めて気づかされたことから来る「焦り」こそが不機嫌の最大の理由ではないか。確かに,「安倍1強」を謳歌した安倍はオールマイティであった。永田町と霞が関の住人たちも安倍に平伏していたし,ドナルド・トランプ前大統領との日米蜜月時代に象徴されるように,国際舞台での安倍の存在感は過去に類例ないほど突出していた。そうした華々しい舞台から降りた途端に総じて思い通りに行かなくなったことによる「喪失感」と言っていいだろう。
 一方で岸田の立ち位置である。第207回臨時国会における首相所信表明演説で第35代米大統領のジョン・F・ケネディの言葉「屋根を修理するなら,日が照っているうちに限る」を引用している。首相官邸サイドによれば,このケネディ引用は最側近の木原誠二官房副長官や首相秘書官らとの演説草稿協議の際に幾つかの候補の中から岸田が採ったというのだ。▶︎

▶︎池田勇人元首相が創設した宏池会(岸田派)は伝統的に「軽武装・経済重視」を掲げ,リベラルのイメージが強い。他方,福田赳夫元首相を源流とする清和会(安倍派)は憲法改正や安全保障政策で最保守派を自任する勢力であり,同派領袖に就いた安倍が“ケネディ嫌い”であることは周知の事実だ。安倍が最側近・萩生田光一経済産業相の官房長官起用を求めていたことを承知する岸田は敢えて清和会内の非安倍の松野博一を指名,幹事長に転じた茂木敏充外相の後任に敢えて因縁ある林を起用した。既に胸中で林と決めていたはずの岸田は「林外相確定」の新聞辞令3日前(11月3日),安倍に「外相は誰が良いと思いますか」と電話しているのだ。一皮どころか二皮も剥けたと言われ,ほんの3年弱前には考えられなかったほど強かになったのである。そのパトスはどこから生まれたのか。
 自民党総裁選が契機となった。総裁レースの最終コーナーまで総力を挙げて高市早苗政調会長を推したことが安倍に対する一連の「意趣返し」と言える対応の動機となっている。 岸田,安倍間の溝が深まりつつある上に,これまで不動の盟友関係とされた安倍と麻生太郎副総裁との微妙な関係までが取り沙汰される中で,永田町では早くも「岸田長期政権」説が流布され始めた。副総裁となった麻生は今,志公会(麻生派),宏池会(岸田派),谷垣グループ(有隣会)の再結集による「大宏池会」構想という新たな目標を得て生気溌溂だとされる…(以下は本誌掲載)申込はこちら