「最近はなんか、どんどん地方の政治家を減らすみたいなことを言っていますけどね、そんな頭で計算した数式によって、ただ地方を減らして東京や神奈川を増やすだけが能じゃないんです。政治ってそういうものではないということで、頑張ってもらわないといけないんです」――。
細田博之衆議院議長は昨年12月20日午後、東京・紀尾井町のホテルニューオータニで開かれた自民党の稲田朋美・元政務調査会長の出版記念セミナーであいさつ、衆院選の定数見直しに関して政府が進める「10増10減」を批判した。この細田発言が大きな波紋を呼んだのには、もちろん理由がある。先立つ4日前の16日午前、東京・永田町の自民党本部7階で党選挙制度調査会総会が開催された。議題の一番目は「第49回衆議院議員総選挙の概要について」であり、二番目が「令和2年国勢調査人口(確定値)に基づく衆議院小選挙区の区割り改定について」であった。総選挙の概要については総務省自治行政局選挙部長ら、続く衆院小選挙区の区割り改定については衆院法制局法制企画調整部長らがそれぞれ、出席した自民党議員に説明を行い、質疑に答えた。まさにこの党選挙制度調査会で改めて、小選挙区数を15都県で「10増10減」とする区割り改定の根拠の詳細が説明されたのだ。細田発言は、大島理森衆院議長時代の2016年に成立した衆院選挙制度改革関連法で衆院選の1票の格差を是正するため、国勢調査の結果に基づいて都道府県ごとの小選挙区数を見直すために「アダムズ方式」(人口に比例して議員定数を配分する方法)が導入されたことに事実上の異議を唱えたに等しい。
なぜ、細田氏はこのタイミングで「10増10減」是正策を批判したのか。くだんのセミナーで細田氏の前に来賓代表としてあいさつしたのは、実は安倍晋三元首相である。つまり、自民党最大派閥の清和政策研究会(清和会)の現会長の安倍、前会長の細田氏が続けてスピーチしたのだ。細田氏の軽妙洒脱な語り口は永田町で定評がある。稲田氏が新著で認めている防衛相時代の“挫折”を念頭に、地元・福井県への更なる気配りを促すためか、党整備新幹線等鉄道調査会長でもある同氏に対し北陸新幹線の敦賀からの延長の早期実現にハッパをかけたのだ。それも聴衆の笑いを取るスピーチであり、拍手喝采を浴びた。一方の安倍氏は幹事長代理時代、2005年9月総選挙で稲田氏に出馬を要請し国政に迎えた経緯から、その後の保守政治家としての活躍ぶりを詳細に語ったのだが、声量が小さく、心なしか元気もなさそうだった。理由は幾つか考えられる。その一つが、まさに地元・山口選挙区の区割り改定である。安倍氏は衆院山口4区選出であり、念願の参院から衆院への鞍替えを昨年10月総選挙で果たした林芳正外相は同3区選出である。 ▶︎
▶︎現在の山口選挙区は以下の通り。第1区(山口市の一部、防府市、周南市の一部など。有権者356209人)、第2区(下松市、岩国市、光市、柳井市、周南市の第1区に属さない地域など。有権者283553人)、第3区(宇部市、萩市、美祢市、山陽小野田市など。有権者256039人)、第4区(下関市、長門市。有権者244858人)である。
筆者は、①有権者数ベース、②自治体分割なしを前提に、昨年10月31日時点の山口県の有権者数114万659人を3つの選挙区で割り、1選挙区あたり38万219人の有権者を目安に試算してみた。新しい山口選挙区は、第1区(山口、防府、山陽小野田、萩市など。有権者348979人)、第2区(下松、岩国、周南、光、柳井市など。有権者389473人)、第3区(宇部、下関、美祢、長門市。有権者402207人)となる。
もちろん、関心を集めるのは新3区である。林氏選挙区の現3区のうち山陽小野田市と阿武郡阿武町は新1区になるが、有権者の約6割を占める宇部、美祢両市は新3区に移入する。まさしく安倍、林両氏は党公認を巡り競合することになるのだ。歴史的にみても、県内最大の下関市は安倍、林両家にとって因縁がある。55年体制下の中選挙区時代、旧山口1区で晋三氏の父・晋太郎元外相と芳正氏の父・義郎元蔵相(ともに故人)はライバルだった。しかも同市は義郎氏の強固な地盤であった。要するに、林芳正氏は高祖父・平四郎(貴族院議員)、祖父・佳介(衆院議員)、父・義郎(衆院議員)のルーツからも強力な政治アセットを有しているということだ。平たく言えば、安倍氏は区割り後の新選挙区に危機感を抱いており、それを細田氏が気遣って「10増10減」批判をしたのではないか。もう1つ安倍氏を悩ませていることがある。最近のいわく言いがたい岸田文雄首相との微妙な関係だ。岸田氏はもともと同期当選(衆院10回)でありながら弟分として接し、党内で最有力の後継者と目されていた。
しかし今や世上で岸田氏の“安倍離れ”といわれている両氏の関係は今後の政局の波乱要因になりかねない。首相の側近グループ内に外交・安全保障案件で安倍氏のスタンスと明確に一線を画すべきだとの声が上がっていることは見過ごせない。とりわけ対中国政策での立ち位置に違いが浮き彫りになりつつある。一触即発の台湾海峡問題で対中強硬発言が際立つ安倍氏を見据えつつ、岸田氏はあえて外相に日中友好議員連盟会長を父子ともに務めた林氏を起用した。 源流は福田赳夫元首相にさかのぼる清和会の会長の安倍氏を「親台湾」、大平正芳元首相が中興の祖である宏池会の会長・岸田氏と座長・林氏を「親中」とするのは短絡的である。そうだとしても、岸田氏は師走の23日午後、11月17日に続いて安倍氏の国会事務所を訪れたことは、世評の“安倍離れ”を気に掛けている証しだ。