No.647 2月10日号 岸田流「断捨離」の狙い 

年初に行った地方講演での事である。最近,永田町で取り沙汰される岸田文雄首相,安倍晋三元首相の2人の「微妙な関係」,あるいは両者間に生じたとされる「亀裂説」を紹介するべく喩えとして明治,大正,昭和時代の俳人・高浜虚子の句に言及した。聴衆の年齢層が高かったこともあり,講演後の反応は予想を超えて大きかった。件の句は「マスクして我と汝でありしかな」である。
1937年(昭和12年)1月23日,主宰するホトトギス派の弟子・山口青邨の送別会が東京・向島の弘福寺で催された際に詠んだものだ。要するに「私は私の道を行く。君は君の道を行けばいい」と言っているのだ。マスクは彼我を隔てている距離感の象徴である。翻って,最近の岸田の“安倍離れ”はかなりのものがある。まさにそのマスクがそうだ。岸田は昨年末,第207回臨時国会閉会後の記者会見で約8300万枚もの在庫を抱える「アベノマスク」を含む布製マスクについて,希望者に配付するとともに残りを今年度中に廃棄処分すると言明した。それだけではなかった。自分の在任中に「桜を観る会」は開催しないとも断じたのだ。安倍政権の負の遺産を清算しようとする岸田流の「断捨離」である。
こうした事例は幾つもある。1月17日に招集した第208回通常国会の首相施政方針演説で勝海舟の「行蔵は我に存す」を引用した。江戸時代末期の幕臣で明治新政府でも要職に就いた勝の出処進退を批判した福沢諭吉への書簡にある文言だ。出処進退は他人の承認を求めるべきものではなく,毀誉褒貶は所詮他人事であり,私は関知しません――ということだ。▶︎

▶︎驚いたのは岸田の地元県紙『中国新聞』(18日付)のコラム「天風録」であった。《<前略>激動の世を駆け抜けた一人の政治家の腹をくくった信条に,岸田首相はどんな思いを重ねたのだろう。安倍・菅政治からの決別宣言と読めないこともないが,さて…。》この絶妙なコラム,岸田を忖度していないはずがない。因みに,勝海舟の引用は岸田側近の助言によるものだ。強かな岸田の追撃は続く。同じ18日夜,世界経済フォーラム(通称「ダボス会議」)にオンライン形式で出席し,特別講演で次のように述べた。「…このようにアベノミクスは大きな成果を上げてきましたが,持続可能で,包摂的な日本経済に変革していくためには,これまでの取組だけでは不十分なことは明らかです」。
加えて,同25日の衆院予算委員会で国民民主党の前原誠司代表代行の質問に「株主資本主義からの転換は重要な考え方の一つ」と答弁しているのだ。市場関係者は同答弁を株主利益の最大化を重視する経済政策に疑問を呈したと受け止めた。事実,27日の東京証券取引所の日経平均株価は前日比841円下落し,終値2万6170円と年初来最安値となった…(以下は本誌掲載)申込はこちら