「ウクライナ危機」は首都キエフを巡りロシアとウクライナ両軍の攻防が最終局面に入りつつある。そしてキエフ完全制圧を目指すロシア軍と徹底抗戦のウクライナ軍の戦闘は激烈を極め、無差別攻撃の対象となった民間人を含む死者が激増している。
一方で、第208回通常国会の衆参院各委員会審議は3月4日の衆院内閣委員会が一般質疑、同外務委員会の大臣所信表明に対する質疑と厚生労働委員会の一般質疑を終えるなど、予定調和の如く粛々と進んでいる。そうした中で、この間の「ウクライナ」と「国会」で超過密な日程をこなしてきた岸田文雄首相はさすがに疲労困憊の様子である。岸田氏は1日未明の1時30分~3時まで、ジョー・バイデン米大統領が主催したウクライナ情勢に関する主要国・機関首脳との電話会議に参加した(ジョンソン英首相、マクロン仏大統領、ショルツ独首相、ドラギ伊首相、トルドー加首相、EUのフォンデアライエン委員長、NATOのストルテンベルグ事務総長らが出席)。東京とワシントンは14時間、ロンドンとは9時間の時差がある。従って、呼びかけ人のバイデン氏は2月28日午前11時半、ジョンソン氏が同午後4時半であり、米欧首脳の日程優先でセットされたものだ。首脳会議後、直ちに公邸に戻ったが、睡眠3時間余で同8時20分から官邸で報道各社のインタビューを受けている。
その後も官邸で定例閣議から始まり、秋葉剛男国家安全保障局長、森健良外務事務次官と協議、衆院本会議出席後、官邸に戻り萩生田光一経産相、松野博一官房長官らと協議、自民党本部で麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長と会談、再び官邸で山際大志郎経済再生相、甘利明前幹事長と協議、そして夜のマクロン氏との電話会談まで分刻みの強行日程だった。筆者は翌日、岸田氏と行動を共にした官邸幹部から「総理はまさに心底疲れ切っていました。それでもあの方はタフですよ」と、ため息交じりで聞かされた。そのタフな肝心の岸田首相である。岸田政権の目玉だったはずの主要政策「新しい資本主義」の中身が全く伝わってこないが、4年8カ月の外相経験からの自負なのか、外交・安保政策については気合が入っているようだ。▶︎
▶︎それは外遊日程からも理解できる。現時点で未公表だが、岸田氏は19~21日の連休にインドとカンボジアを訪問する(註:2日付朝刊の『読売新聞』だけが「首相、今月後半インド訪問」と報じた)。3日夜には日米豪印4カ国(クアッド)首脳テレビ会議が行われた(岸田首相、バイデン米大統領、モリソン豪首相、モディ印首相)。
そもそもは対中国を念頭に置く「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現を目指す枠組みであるが、今回はもちろん、ロシアのウクライナ侵略への対応を話し合ったのだ。と同時に、4首脳は数カ月以内に東京で対面会合を開くことでも合意した。2日の国連総会緊急特別会合で採択、141カ国が賛成した「ロシア軍の即時・無条件の撤退、核戦力の準備態勢強化への非難」決議で、インドは中国と共に棄権した。この点からも、クアッド首脳対面会合の前に岸田氏がインドを訪れてモディ氏と会談する意味は決して小さくない。
さらに言えば、東南アジア諸国連合(ASEAN)の今年の議長国であるカンボジアを訪れてフン・セン首相とトップ会談を行うことは、まさに「岸田外交」の成果となり得る。なぜならば、カンボジアは国連総会での「ロシア非難」決議で、14年のクリミア半島武力併合時の非難決議では棄権したのに今回は賛成に転じたからだ。周知のように、37年間も首相の座にいる独裁者のフン・セン氏が中国の習近平国家主席と親密な関係にあり、同国は極め付きの「親中」である。それだけにロシアのウクライナ侵略を奇貨として中露の準同盟関係にくさびを打ち込むチャンスでもある。「カンボジア・ファクター」だ。絵空事だと一蹴されるかもしれない。だが、岸田政権は2月14日にフン・セン氏後継者、長男のフン・マネット陸軍司令官を招き、同日に林芳正外相、16日は岸信夫防衛相、そして岸田首相が会談している。
因みにフン・マネット氏は米陸軍士官学校(ウエストポイント)を卒業、ニューヨーク大学で経済学修士号を取得している。えぇ、“知米派”なの? 果たして岸田氏は独自外交をアピールできるのか、今月19日からのインド・カンボジア2カ国歴訪に注視したい。