4月14日午前、東京・永田町の自民党本部7階701号室――。同党の安全保障調査会(会長・小野寺五典元防衛相)の勉強会(非公開)が開かれた。講師として招かれたのはオバマ米政権時に国家情報長官を務めたデニス・ブレア元太平洋軍司令官(退役海軍大将)と、慶應義塾大学環境情報学部の手塚悟教授である。ブレア氏は「日本のサイバー能力強化のための重要提案6項目」と題した講演冒頭に、以下のように語った。「ロシアによるウクライナ侵略でハイブリッドの戦争が現実となった。台湾有事のリスクも現実味を帯びてきた。日米同盟の弱点はサイバーセキュリティである。日本の通信網や電力網がダウンすれば、戦闘が始まる前に在日米軍や自衛隊がPLA(中国人民解放軍)によって倒される可能性がある――」。
続いて具体的な提案6項目に言及した。①首相官邸にサイバーセキュリティ司令官を設置し、自衛隊を含むスタッフを配置する。②サイバー司令官のための法的権限を確立する。③強固なファイアウォールを備えたガバメントクラウドを構築する。④政府のIntel Intra-Net(組織内ネットワーク)を、場合によっては量子技術を用いた高度な暗号化で構築する。⑤政府職員が外国人エージェントと癒着している可能性を精査するクリアランス制度を確立する。⑥軍、インテリジェンス、産業、科学技術のシナジーを高めるために、量子サイバー研究センター(タウン)を横須賀に設立すること――。
これらの項目の中で取り分け興味深いのは③で言及されたⓐ機密性の高いハイテク企業や防衛産業を政府のクラウドに取り組む、ⓑAI(人口知能)を活用した効果的な検索エンジンにより、良質な情報報告書を作成する、ⓒAIとスパコンを備えたサイバーインテリジェンスのためのOSINT(公開情報収集・分析)センターを設立する、との件である。ブレア氏発言前の3月17日、防衛省は陸海空3自衛隊のサイバー関連部隊を再編して「自衛隊サイバー防衛隊」を発足させている。だが、同部隊は僅か540人体制であり、全部隊の運用を一元管理する情報通信ネットワークを守ることが主たる任務である。▶︎
▶︎一方、警察庁は4月1日、遅まきながらサイバー犯罪対策を目的とした「サイバー警察局」(約240人体制)と、重大事件の捜査を担う「サイバー特別捜査隊」(約200人体制)を立ち上げた。ブレア氏が提案する「サイバーインテリジェンスのためのOSINTセンター」からほど遠い我が国の実状には驚くばかりである。
だが、十八史略の「先ず隗より始めよ」ではないが、可能なところから手を付けていかなければならない。果たして何をすべきで、何ができるのか。とはいえ、今般のウクライナ戦争でのロシアによる執拗なサイバー攻撃、フェイクニュース(画像)やディスインフォメーション(偽情報)が拡散する中で、ゼレンスキー政権がウクライナ軍及び市民と共に徹底抗戦によって何とか持ち堪えている理由に目を向けてみる。2月24日の軍事侵略開始前、ロシアがウクライナの生物兵器製造の偽情報を拡散させたが、米国のサイバーインテリジェンス・システムが探知し、ロシアの生物兵器使用の意図を封じたことが好例である。偽情報というサイバー兵器に対する防衛として同システムが必要不可欠なのだ。ブレア提言を敷衍すると分かるが、それは「産・学・政・軍協同」という言葉に行き着く。米IT大手のGAFA(グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップル)もウクライナ支援を行っただが、何よりもEVメーカー・テスラの創業者イーロン・マスク氏がロシア軍総攻撃に当たって人工衛星で宇宙からインターネットに接続できるサービス「スターリンク」を提供したことが圧倒的に大きかった。
ここで想起すべきは中国の習近平国家主席(共産党総書記)が推進する「軍民融合」である。2030年までにロシアを抜き、世界宇宙強国の仲間入りを目指すとする中国は今や、人民解放軍戦略支援部隊隷下にサイバー部隊を編成し、サイバー攻撃を任務とする約3万人の部隊を有する。無人機が主要な作戦力になるという「機械主戦」体制を既に確立しているのだ。ここに来て我が国ではやっと防衛費の国内総生産(GDP)比2%超がコンセンサスを得つつある。先の読売新聞世論調査(4月1~3日実施)で、国民の受け止めは「日本の防衛力強化」賛成が64%という結果となった。現在の我が国の防衛費はGDP比0.94%であり、せめてオーストラリア2.16%、韓国2.61%のレベルが妥当ではないか。言うまでもないことだが、筆者は決して「軍拡礼賛者」ではない。現実主義者(リアリスト)である。