4月28日に来日したドイツのオラフ・ショルツ首相は、翌日から5カ国歴訪に発つ岸田文雄首相と首相官邸で1時間20分余会談した――。
ショルツ氏は昨年12月8日に中道左派・社会民主党(SPD)、環境政党・緑の党、中道右派・自由民主党(FDP)の連立政権を立ち上げた。SPD党首でもあるショルツ氏が世界の耳目を集めたのは、ロシアのウクライナ軍事侵攻直後の2月27日に独連邦議会で演説、それまでの外交・安全保障政策を転換してウクライナへの武器供与、ロシアに対する厳しい経済制裁、国防費の増額、ロシアへのエネルギー依存からの脱却などを発表したことだった。想定外の大転換は日本に大きな衝撃を与えた。とりわけ国防費を国内総生産(GDP)比2%超に大幅増額を決定したことだ。安倍晋三元首相など「防衛力強化」を声高に主張してきた自民党内の保守勢力を勇気づけたことは言うまでもない。
事実、自民党安全保障調査会(会長・小野寺五典元防衛相)が26日に公表した「新たな国家安全保障戦略等の策定に向けた提言」に《したがって、NATO(北大西洋条約機構)諸国の国防予算の対GDP比目標(2%以上)も念頭に、わが国としても、5年以内に防衛力を抜本的に強化するために必要な予算水準の達成を目指すこととする》の文言が盛り込まれた。ドイツが長きに渡るアンゲラ・メルケル政権下での対露融和政策を一転したことも驚きだったが、密接だった独中経済関係の見直しを念頭に対中政策全般の修正に舵を切ったことにも驚かされた。兆しは昨年の秋頃からあった。昨年11月21~30日、海上自衛隊は令和3年度海上自衛隊演習(ANNUALEX 2021)を日本周辺海域で実施した。潜水艦を含む艦艇約20隻、航空機約40機が参加し、米海軍(空母カール・ビンソンや潜水艦など約10隻)、オーストラリア海軍(2隻)、カナダ海軍(1隻)、ドイツ海軍(1隻)艦艇と対潜戦演習などを行った。同演習は、湯浅秀樹自衛艦隊司令官(海将)とカール・トーマス米第7艦隊司令官(海軍中将)の2人が指揮を執った。初参加のドイツ海軍が派遣したのはフリゲート艦「バイエルン」。続く12月13日にも日独共同訓練を行っている。▶︎
▶︎それまでに海上自衛隊は昨年秋だけでも、頻繁に実施している日米合同訓練を別にして、2カ国共同訓練を含めると日比親善訓練(11月14日)、日豪共同訓練(同10~12日)、日加共同訓練(同9日)、日越共同訓練(同7日)、日米英豪共同訓練(10月15~18日)、日米英蘭加ニュージーランド共同訓練(10月2~9日)、日仏共同訓練(9月17日)、日英米蘭加共同訓練(9月2~9日)などを実施した。因みに、昨年4月には中東ベンガル湾でフランス主導の日仏米豪印5カ国海軍が多国間共同訓練を実施している。
いずれにしても、ドイツ、フランス、そしてオランダ海軍が遙々欧州から地中海、スエズ運河、インド洋、マラッカ海峡、南シナ海を経て日本周辺海域まで出張って来るのは、それだけインド太平洋地域における中国の海上覇権行動に危機感を抱くようになったことを示しているのだ。昨年4月にワシントンで行われた菅義偉首相(当時)とジョー・バイデン米大統領との会談で「台湾海峡の安定と平和の重要さ」で一致したが、その後、中国の習近平国家主席は22年11月の共産党大会で党総書記3期目を果たした上で悲願の台湾統一(武力侵攻)に踏み切るのではないかとの見方が浮上したことと無縁ではない。 地政学的にウクライナは日本から遠方にあるように、台湾も欧州連合(EU)諸国やNATO加盟国から遥か彼方にある島(国)である。それでもウクライナはロシアに侵略された。
然るに台湾もまた中国によって武力統一されかねないということなのだ。EU・NATO主要国の中でこうした問題意識が希薄とされたドイツの大転換は心強いものがある。何も「日独枢軸」をプレーアップしているのではない。互いに「防衛力の強化」に努めることは欧州とアジアの安定と平和実現に寄与するはずだ。ドイツ首相が2国間訪問で来日するのは2019年2月のメルケル首相(当時)以来のことであり、且つアジア最初の訪問国として中国ではなく日本を選んだ意味は大きい。ショルツ氏は6月26~28日にドイツ南部エルマウで開催される主要7カ国首脳会合(G7サミット)で議長を務める。