この間、日本銀行の黒田東彦総裁が批判の集中砲火を浴びている。契機となったのは、6月6日午後に東京都内で開かれた共同通信主催の講演会での「日本の家計の値上げ許容度も高まってきている」発言だった。翌日7日の新聞各紙(朝刊)の見出しである。「『値上げ、家計が受け入れ』―日銀総裁、緩和継続を強調」(産経新聞)、「日銀総裁『緩和を継続』―『家計が値上げ許容』」(読売新聞)など、金融引き締めを行う状況にないという総裁発言の“事実報道”に過ぎなかった。
ところが、である。講演当日の夜からSNS(交流サイト)で「自分で買い物をしたことがあるのか」「世間知らずだ」と黒田氏批判が噴出し、ネットで大炎上した。そして同氏は翌日の参院財政金融委員会で「必ずしも適切な発言でなかった」と釈明、続く官邸で開かれた経済財政諮問会議と新しい資本主義実現会議合同会議後の記者会見で謝罪するに至った。
一方、米連邦準備制度理事会(FRB)が金融引き締めを急ぐなかで金融緩和を継続する日銀との違いが際立ち、日米の金利差が大きく広がったことで外国為替市場のドル買い・円売りが加速した。▶︎
▶︎かくして13日の円相場は対ドルで1㌦=135円22銭まで下落し、1998年以来、24年ぶりの円安・ドル高となったのだ。こうした円安に加えてウクライナ戦争による原油高騰のダブルパンチを受けた日本は今、急速な物価高に直面している。では、金融緩和路線にこだわる黒田総裁にその責を求めるべきなのか。
答えは否である。野党第1党の立憲民主党は物価上昇を奇貨として岸田文雄政権批判を強め、日銀にインフレ対策(金融引き締め)を要求している。他方、物価高対応という面では岸田政権の財政出動(財政拡大)は不十分だとする。まさに金融引き締めと財政拡大を同時に求めるという、相矛盾した支離滅裂な批判である。
しかし、米国同様にインフレ対策が参院選の争点化するなか、日銀が時期尚早な政策調整に踏み切れば、それは立民に花を持たせることになる。つまり岸田政権としては、黒田総裁の「忍耐強さ」に寄り添わなければならない圧力に晒されているのだ。しかも財政対応が不十分であるという野党の批判によって、皮肉にも政府・自民党はさらなる財政支出の「大義」を得たことになる。 実は、黒田氏発言は財政・金融コンボを今後も追求する動機付けとなったのだ。今秋、岸田首相が再度の財政刺激策に舵を切るのは確実である。