8月24日、ロシアがウクライナに軍事侵攻してから半年が経った。現在の戦況からも膠着化・長期化は不可避である。奇しくもこの日は、旧ソ連から31回目の独立記念日でもある。そしてウォロディミル・ゼレンスキー大統領はビデオ演説で、ロシアの事実上の支配下にある東部ドンバス地方(ルハンスク州、ドネツク州)と2014年にロシアに併合されたクリミア半島の「解放」(奪還)まで戦い続けると言明した。バイデン米政権はこれまでウクライナに対し、総額106億ドル(約1兆4500億円)に及ぶ巨額な軍事支援を行っている。最近、欧州連合(EU)内では“支援疲れ”が指摘されている。欧州主要国には温度差があるが、それでもドイツ、フランス、英国は一応足並みをそろえて支援継続を強調している。さらにロシアと国境を接するバルト3カ国(エストニア、ラトビア、リトアニア)とポーランドは「ロシアの脅威」に晒されていることもあり、難民受け入れなど献身的な人道支援に傾注している。問題は、侵略したロシアの現状である。米欧日など西側諸国による対露経済・金融制裁が効いてロシア経済は消費や企業活動が冷え込み、悪化の一途を辿っているのは確かである。
それは経済指標に端的に表れている。露連邦統計局が8月12日に発表した22年4~6月期の国内総生産(GDP)は前年同期比4.0%減(速報値)であり、マイナス成長は21年1~3月期以来、5四半期ぶりとなる。露連邦中央銀行は22年通年のGDPの見通しについても4~6%減と予想しており、経済悪化は一段と深刻化するのは確実である。ところが経済制裁が想定していたほどの効果が上がっていないとの指摘がある。ロシアの輸出総額の約4割を占める原油・石油製品については、隣接する欧州が輸出先の5割超を占めていたが、EUは年末までに露原油・石油製品の9割を輸入停止する。だが、抜け道があった。原油の国際価格の低下によってインドや中国が輸入を拡大、精製してガソリンを欧州や南アジアに転売しているのだ。それにしても資源輸出大国のロシアが被ったダメージは小さくない。▶︎
▶︎ロシア経済にとっては、実は制裁による「輸出」よりも「輸入」が深刻な事態を招いているのだ。ノーベル経済学賞受賞のポール・クルーグマン氏は8月4日、米金融サイト「MARKETS INSIDER」のインタビューで「ロシアの輸入が前年比40%以上減少する一方で輸出減少は10%以下に留まる」と述べた上で、次のように指摘している。①対露制裁は輸出制限ではなく輸入制限で予想外の効果を発揮している、②外国製品購入が困難となり物品不足から工業生産量とGDPを悪化させている、③対露輸出禁止措置によってロシアと制裁国との貿易量は60%減少、非制裁国との貿易量も40%減り、ロシアの工業生産量は50%超の減少となった――。
ロシア経済悪化は途端にユーロ(通貨)安・株安の直撃を受けた欧州経済の失速を招来した。資源高に苦しむ欧州から投資マネー退避も加速している。換言すれば、ウクライナ危機が欧州危機を引き起こしたということである。この「ウクライナ危機」という言葉は筆者の記憶を鋭く刺激した。そして殆どゴミ化しているオフィスの山積する書類から「ウクライナ危機を巡る各国の動向に係る考察」と題した小冊子を探り当てた。A4版32頁の同冊子の目次には、1.ウクライナ危機と欧米の経済制裁、2.ロシアの東進政策と中国との関係、3.中国のプレゼンスの高まり、4.日本の取るべき対応(具体例)―と記述されている。
前田匡史国際協力銀行(JBIC)会長が代表取締役専務当時、筆者が主宰する勉強会のゲストスピーカーとして講演された際の同氏作成資料である。ロシアによるクリミア半島併合から5カ月が経った2014年9月26日のことだ。読み直して、そして驚いた。何と同氏は8年前に警告していた。中露間には中央アジアの覇権争いやロシアのベトナム、インド向け武器輸出など一定の緊張関係が存在するものの、中国は上海協力機構(SCO)やBRICS(中・露・印・ブラジル・南アフリカ)などとの関係重視政策を通じてロシアの東方政策に深くコミットするだけではなく、同国は西方に向けた領土拡大野心がある、と書かれているのだ。