岸田文雄首相はついている――。ツキが間断なく続いている。不謹慎な言い方でお叱りを受けるかもしれないが、つくづくそう思う。昨年10月の政権発足以来、周りで起きる出来事がおのずと内閣支持率を押し上げる中、参議院議員選挙にも大勝した。野党の非力・多弱化、ロシアによるウクライナ軍事侵攻の膠着・長期化、新型コロナウイルス感染状況(最近は感染者数が再び増えているが重症化率は低く行動制限発動まで至っていない)――。
安倍晋三元首相の非業の死までもピンチをチャンスに変えた。葬儀は間髪入れず「国葬儀」と決断した。その賛否は今なお相半ばするが、凶弾に倒れた直後だけは「安倍ファン」も「安倍嫌い」も死者を悼む気持ちでノーサイドとなる。その瞬間凍結のような空白時間にエイ、ヤッと決めてしまった。9月27日の国葬儀は各国の首脳級の要人が参列する席で、安倍氏の後継は葬儀委員長たる自分である、と改めてと印象づける「弔問外交」の場となる。今春以降、自負する「外交の岸田」の片鱗を見せていた。大型連休中の東南アジア、欧州歴訪。そして参院選期間中の主要7カ国(G7)首脳会合(ドイツ・エルマウ)と北大西洋条約機構(NATO)加盟国首脳会合(スペイン・マドリード)への出席である。とりわけ、日本の首相として初めて参加した6月29日のNATO首脳会合が際立った。開会あいさつしたイェンス・ストルテンベルグ事務総長が並みいる各国首脳を前に最初の発言者として岸田氏を指名したのだ。まさに首相外交デビューである。日本の安全保障にとってNATO加盟国との緊密な関係構築の重要性を力説したのは当時の安倍首相だが、そのチャンスに恵まれなかった。岸田氏は8月1日、米ニューヨークの国連本部で開催された核不拡散条約(NPT)再検討会議で演説した。これまで披瀝したことがない流暢な英語での演説は好評を博した。
同27~28日にはチュニジア・チュニスで開かれる第8回アフリカ開発会議(TICAD)で基調演説をし、その後サウジアラビア、アラブ首長国連邦(UAE)、カタール3カ国を訪れる。安倍氏が世界に先駆けて「自由で開かれたインド太平洋」構想を発表したのは6年前にケニア・ナイロビで開催された第6回TICADであった。因縁を感じる。こうして見てみるとわかるように、岸田氏は安倍氏が敷いた路線を継承している。安倍氏銃撃事件出来による政治・社会的混乱が冷めやまぬ7月某日、岸田氏に面と向かって「失礼ながら申し上げますが、総理には運がありますね」と述べた人物がいた。一拍置いて「うん、そうだね」と答えたそうだ。この話を聞いた筆者は自身の驚きの経験に思いをはせた。それは岸田氏が自民党政務調査会長時代だった。▶︎
▶︎2018年5月22日の夜、都内ホテルのバーで岸田氏と長時間、話す機会を得た。同氏はすでに「ポスト安倍」に強い意欲を抱いていたが、永田町では安倍氏の総裁3選が確実視されていた頃である。アルコールの勢いを借りて「安倍さんの長期政権は間違いありません。もし安倍後継になれたとしても、その反動で短命政権になる。それでも次をやりたいですか」と尋ねた。一瞬、下向いた岸田氏は目線を戻し、「それでもやりたい」と答えたのだ。まさに失礼千万な質問だったと思う。しかし、「権力の頂点を目指す政治家がかくも正直になる必要はあるのか。ましてやジャーナリストに」と、驚愕したことが忘れがたい。オフレコ懇談の内容を明かすのはルール違反だが、今や時効としてご寛容いただきたい。世上の岸田氏評価「よい人」は、4年3カ月を経てもまったく変わっていない。では、「よい人」であるが「決断できない人」とされた岸田氏が8月10日に断行した内閣改造・自民党役員人事をどうみるべきか。当初の9月初旬説が「スピード人事」となった理由はいったい何だったのか。安倍氏銃撃事件の後、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)から選挙での支援や寄付を受けていた自民党国会議員が続出する「旧統一教会感染」の拡大したことだ。直近の報道各社世論調査にそれはうかがえる。内閣支持率は読売新聞調査(8月5~7日実施)が前月比8ポイオント減の57%、NHK調査(同)が13ポイント減の46%と急落した。
そして、山上徹也容疑者の供述「安倍氏は旧統一教会の支援者」からも連想できるが、“感染者”は圧倒的に安倍派に多い。感染者隠しのため急いだといっていい。当欄で繰り返し指摘してきたように、年初来の岸田氏の「安倍離れ」は顕著だった。安倍氏亡き後それが加速している。第1派閥・安倍派の弱体化狙いとの指摘がある。岸田人事の際立った一例を挙げる。エネルギー、経済安全保障政策などで強いリーダーシップを発揮し、経済産業省官僚から絶大な信頼を得た萩生田光一前経産相の自民党政調会長転出だ。同氏は「安倍氏と旧統一教会の窓口だった」「存在感を増すことを望まない声が多い」ともいわれる。
だが公正を期せば、岸田氏の萩生田氏高評価の表れなのだ。記者会見で続投期待をにじませたのは、両氏が演じた“歌舞伎”なのである。党役員人事の麻生太郎副総裁(麻生派)、茂木敏充幹事長(茂木派)留任と、遠藤利明総務会長(谷垣グループ)、萩生田政調会長(安倍派)、森山裕選挙対策委員長(森山派)の布陣で挙党態勢が成ったといえる。麻生、茂木両氏は森山氏と良好な関係にないと不安視する向きもあるが、岸田氏を頂点に麻生、茂木氏を両辺とする権力のトライアングルが確立したのだ。どうやら岸田氏はついているだけではなさそうだ。