「……エネルギー安定供給の確保については、ロシアの暴挙が引き起こしたエネルギー危機を踏まえ、原子力発電の問題に正面から取り組みます。そのために、十数基の原発の再稼働、新たな安全メカニズムを組み込んだ次世代革新炉の開発・建設などについて、年末に向け、専門家による議論の加速を指示いたしました。……」
10月3日に召集された第210回臨時国会の岸田文雄首相の所信表明演説からの一節である。岸田首相が所信表明演説で「原発」に言及したのは初めてだ。一方、今回の首相演説をキーワードで分析した記事(日本経済新聞4日付朝刊)によるとと、「物価高」と「円安」は各6回、「グリーントランスフォーメーション(GX)」が4回、「デジタルトランスフォーメーション(DX)」が3回だったという。
さらに興味深いのは、「取り組む」「取りまとめる」「進める」「守る」「守り抜く」といった動詞が頻出したという指摘である。自らの経済政策を表す「新しい資本主義」は、今年1月の第208回国会施政方針演説で8回も多用したのが、9カ月を経て僅か2回となった。要するに、岸田氏の関心事は直面する現下の課題に向かい、その打開で手一杯になっているということだ。平たく言えば、直近の問題解決を余儀なくされ、中長期の課題に目を向ける余裕がないのである。だが、原発の再稼働問題について、敢えて所信演説で言及したのにはもちろん理由がある。輸入化石燃料にエネルギー源の8割を依存する日本の脆弱性が指摘されて久しいが、ロシアのウクライナ軍事侵攻で世界のエネルギー事情が激変したことが大きい。
そうした中で、8月24日、首相官邸で「第2回GX実行会議」(議長・岸田首相)が開かれた。同会議に向けて経済産業省(多田明弘事務次官)が準備した資料『日本のエネルギーの安定供給の再構築』のP.8に「エネルギー政策の遅滞」という項目があり、そこには<10年に1度の厳寒を想定した需要に対する予備率>と題した、電力逼迫を示す数値がグラフ化されている。22年12月:東北と東京7.8%、中部、関西、九州など5.5%、23年1月:東北と東京1.5%、中部、関西、九州など1.9%、同年2月:東北と東京1.6%、中部、関西、九州など3.4%と記述され、1.5%、1.6%、1.9%は赤色枠で囲んでいる。▶︎
▶︎そして「火力や原子力の復旧として、・新地2号機(福島‐火力)の復旧前倒し(23年3月末→同年1月中旬)・高浜3号機(福井‐原発)の復旧(7月24日)・公募による休止電源の稼働」を織り込んだ場合の来年1月の予備率が、東京エリア(1.5%)が3~4%程度に、西日本エリア(1.9%)は4~5%程度に改善されると記されている。西日本エリアが4~5%程度も改善されるのは、改めて言うまでもなく、関西電力の福井県高浜原発3号機が再稼働したことによるというのである。明らかに原発政策遅滞に危機感を抱く経産省・資源エネルギー庁が同資料P.9に記述した「原発再稼働済10基のうち、最大9基の稼働確保に向け工事短縮努力、定検スケジュール調整等と、設置変更許可済7基(東日本含む)の再稼働に向け国が前面に立った対応(安全向上への組織改革)等」で国民理解、安全確保、バックエンドを得ることができれば、今冬の停電を回避、国富の流出回避(原発17基稼働により約1.6兆円を回避)、エネルギー安全保障の確保となると主張しているのだ。具体的な事例では、設置許可済の東北電力の宮城県女川原発2号機、中国電力の島根県島根原発2号機、高浜原発1、2号機の再稼働を念頭に置いているのは来年夏と冬の電力逼迫回避のためである。再稼働加速のネックとなっている最大の問題は、定期検査中の東京電力新潟県柏崎刈羽原発で相次ぐ保守トラブルによって地元の理解確保に程遠いことである。この大元がクリアしない限り、岸田氏が所信演説で選択肢の確保として言及した「次世代革新炉の開発・建設」など夢のまた夢であろう。
そうした中で、環境省外局の原子力規制委員会(委員長・山中伸介元大阪大学副学長)は5日、経産省・資源エネルギー庁の松山泰浩電力・ガス事業部長から原発の運転期間の延長に関する政府の検討状況を聴取した。指摘するまでもなく、同委員会は更田豊志委員長時代に原発再稼働にブレーキをかける環境省の回し者“呼ばわり”されたというのだ。この聴取自体は「エネ庁との異例の意見交換」と報道されたように、やはり電力需給の逼迫が現実味を帯びてきているとの強い危機感があるからだ。そこで経産省側が提起したのは原発の運転期間の延長に向けた法整備に入る方針であった。もはや“原発政策の遅滞”は許されない状況にあるということだろう。