「国連安全保障理事会の常任理事国が、隣国を侵略し、地図から主権国家を消し去ろうとしました(A permanent member of the United Nations Security Council invaded its neighbor, attempted erase a sovereign state from the map)」―。
第77回国連総会でジョー・バイデン大統領が、9月21日午前11時8分(米国東部時間)に行った一般討論演説の冒頭である。想像を超えたロシア批判であった。岸田文雄首相が国連総会出席のためニューヨークに向けて発ったのは20日午前。超大型台風14号の九州上陸を受けて、19日の出発予定を20日に延期したのである。まさにその19日、岸田内閣支持率低迷を象徴するかのように報道各社の最新世論調査の結果が報じられた。首相官邸関係者によると、岸田氏は側近の報告に衝撃を受けたという。世論調査の結果は以下の通り。日本経済新聞・テレビ東京合同調査(9月16~18日実施):内閣支持率前月比14ポイント減43%、不支持率14P増の49%で、初めて「支持する」が「支持しない」を下回った。毎日新聞・社会調査研究センター合同調査(17~18日):支持率前回比7P減の29%、不支持率10P増の64%で、支持率が30%を切ったのは政権発足後初めて。共同通信社調査(同):支持率前回比13.9P減の40.2%、不支持率18.3P増の46.5%で支持と不支持が初めて逆転した。岸田政権にとって深刻なのは、政権党・自民党の支持率が同様に低下したことだ。
これまで内閣支持率が下がっても政党支持率は高レベルを維持してきた。だが、日経新聞調査で9P減の37%となり、共同通信調査でも自民党が旧統一教会(世界平和統一家庭連合)と党所属議員の関係を公表した調査について同党の対応が「十分ではない」との回答が80.1%に達した。岸田氏は8月31日の記者会見冒頭に党と旧統一教会との関係について「党総裁として率直にお詫びする」とした上で、今後は関係を断つと言明した。そして自民党は9月8日、党所属国会議員379人中179人に旧統一教会との接点が確認されたと発表した。ところが、その後も発表以上の緊密な関係を示す事例が相次いで明らかになった。新たな疑惑が指摘される有力議員は泥沼状態にある。
一方、同日に行われた安倍晋三元首相の国葬(儀)を巡る衆参議院運営委員会の閉会中審査における首相答弁に関しても同様な批判が噴出した。各社世論調査で国葬実施反対が軒並み50%を超える中で、「国葬は適切だ」を強調するのみの首相答弁に説得力が欠けていたことは指摘するまでもない。そもそも「国葬」「統一教会」に関する岸田氏の会見や答弁には国民の理解を得るための「熱量」が感じられない。
そして10月3日、第210回臨時国会が召集される。▶︎
▶︎冒頭の首相所信表明演説を皮切りに国会論議がスタートする。焦点の衆参議院予算委員会では改めて旧統一教会と自民党議員の長年に及ぶ密接な関係追及から円安・エネルギー価格高による物価高騰対策、台湾海峡を巡る米中間の一触即発など日本を取り巻く国際情勢が主要テーマとなり、岸田氏は野党の厳しい批判に晒される。それでも本稿では二つの重要なテーマについて言及したい。第1は、10月17日から始まる第20回中国共産党大会を前にして緊張が高まる米中関係についてである。筆者が極めて重視するのは、9月18日放映の米CBSテレビの看板番組「60ミニッツ」でのバイデン大統領の発言である。スコット・ペリー記者の質問「米軍は台湾を守るのか」に「イエス。もし実際に前例のない攻撃があった場合は」と明言したのだ。
それだけではない。畳みかけた質問「つまりウクライナと違って、中国の侵攻があれば、米軍の兵士は台湾を守るのですか」に、バイデン氏はただ一言「イエス」と答えている。バイデン氏はインタビューの前段で米国のこれまでの「一つの中国政策に変わりはない」と言明した上で、米軍最高司令官としての独自の見解を示したのだ。すなわち、「政策の変更」ではなく「姿勢の変更」である。なぜか。ロシアのウクライナ侵略では事前にウラジーミル・プーチン大統領に対し「米軍は介入しない」というメッセージを与えてしまった反省がある。米国では戦争の決断は大統領一人に委ねられている。法律上の規制はない。したがって、「一つの中国政策」に変更がないは軍事介入がないことを意味するのではない。明らかにバイデン発言は共産党総書記3期目に入る習近平国家主席への警告である。台湾海峡危機は米中軍事衝突リスクであるとして、中国を強く牽制する狙いがあったのだ。
翻って第2は、岸田氏が直面する「台湾有事」である。岸田氏は9月30日、公約である「防衛力の抜本的強化」を目指して「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」を設置した。同会議で防衛費増額や財源問題に加えて、年末の防衛予算編成や国家安全保障戦略など防衛3文書の改定に向けた提言をまとめる。メンバーは、元外務事務次官の佐々江賢一郎日本国際問題研究所理事長を議長に、黒江哲郎元防衛事務次官、國部毅三井住友フィナンシャルグループ会長、翁百合日本総合研究所理事長、喜多恒雄前日本経済新聞会長、山口寿一読売新聞社長、船橋洋一元朝日新聞主筆、中西寛京都大学大学院教授、橋本和仁科学技術振興機構理事長、上山隆大総合科学技術・イノベーション会議議員の10人である。同会議にはもちろん、国家安全保障会議(NSC)を構成する岸田首相を始め、松野博一官房長官、林芳正外相、浜田靖一防衛相、鈴木俊一財務相らも出席する。関心事は、同会議で現下の厳しい国際環境の現実に即した議論を交わし、激変する東アジア情勢に対応できる「防衛力強化」の具体策を提言できるのか、である。