10月22日付 トラス英首相失脚の裏で…世界で「ポピュリズム」政権が続々立ち上がっている不気味さ

 リズ・トラス英首相は10月20日午後(現地時間)、首相官邸前で辞任の意向を表明した。筆者の予想より早かった。その理由は後述する。トラス氏が9月23日に発表した国債増発による大型減税策は金融市場の混乱を招き、同国の財政悪化懸念を加速させた。総額450億ポンド(約7兆6000億円)減税の内容は次のようなものであった。①2023年4月に予定していた法人税率の引き上げ(19%→25%)を撤回、②23年4月から所得税の基本税率を1%引き下げ(20%→19%)、③23年以降、所得税の最高税率を縮減(45%→40%)、④22年4月に引き上げた国民保険料の再引き上げ――。
その他、エネルギー料金支援(家計や企業への電気・ガス料金)600億ポンド(約10兆円)、英国債の増発(23年度国債発行計画を上方修正=1315→1939億ポンド・約32兆5800億円)にも言明した。ところが、トラス政権の減税策は金融市場から全面否定と言うべき反応、即ちポンド急落、金利急騰、株価急落を招来させた。因って、同28日に英イングランド銀行(英中銀)が急きょ長期国債(残存期間20年超の国債)の買い入れを発表、さらに10月3日にはクワジ・クワーテング財務相が最高税率引き下げ撤回の発表を余儀なくされた。
それから11日目の14日、トラス氏は法人税減税の撤回とクワーテング財務相解任(ジェレミー・ハント新財務相任命)を発表したものの、金融市場は財政の信認回復には至らず今日までポンド下落と金利上昇が続いている。自信満々で打ち出した国債増発・大型減税撤回の責任を9月のトラス政権誕生における最大の功労者だったクワーテング氏に押し付け、自らの首の皮一枚を残したトラス氏は与党・保守党内からも批判の集中砲火を浴びた。そもそも財源の裏付けのない「低税率・高成長」ビジョンは“自殺行為”と言えた。トラス氏はポピュリズムに突き進み墓穴を掘ったのだ。欧米政治史に通暁した歴史家は今週、「戦後の英政治史で“鉄の女”マーガレット・サッチャー首相以降、マシだったのはゴードン・ブラウンとテリーザ・メイぐらい。日本で名を馳せたトニー・ブレアを含めて残る首相はすべて落第点だ。トラス氏に至っては論評に値すらしない」と、筆者に語った。と同時に、「今回の財務相解任は、実は英財務省中堅による“宮廷クーデター”だった」と指摘した。▶︎

▶︎その要点は、トラス氏の命脈は年末には断たれるが、先ずは巨額の国債発行にストップをかけて時間を稼ぎ、10月31日に公表予定の中期財政計画の再考に傾注するためだったというのである。
では、なぜトラス政権はかくも無残な醜態を国内外に晒すことになったのか。それは現下の世界経済とウクライナ戦争と無縁ではない。ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるウクライナ侵略によって、これまでに欧州全域に広がりを見せていたポピュリズムをさらに拡散させたことが大きい。9月25日に実施されたイタリア総選挙で旧ファシスト党の流れをくむ「イタリアの同胞」を中核とする右派3党連合が勝利した。同党のジョルジャ・メローニ党首を首相とする右派連合政権が誕生する。メローニ女史はあのアドルフ・ヒトラーと握った“ファシズムの首魁”ベニート・ムッソリーニを尊敬して止まないと公言している。一方、同11日に行われたスウェーデン総選挙でマグダレーナ・アンデション首相(社会民主労働党)率いる中道左派政権は移民排斥を訴える「ネオナチ」との批判がある野党も含む右派連合に敗北した。その一角を担う穏健党のウルフ・クリステション党首が10月18日に首相に就任した。こうした右派志向が強いポピュリズム運動は、欧州ではハンガリーのオルバン政権を別にしてもドイツ、オーストリアなどで勢力を増している。専制政治に邁進するプーチン氏を「スターリンの来襲」とする向きもあるが、イタリアではそのプーチン氏との盟友関係を明言するシルヴィオ・ベルルスコーニ元首相参画の「ムッソリーニの亡霊」政権が誕生する。
正直言って、不気味である。こうした中で、中国に間もなく「毛沢東超え」を目指す習近平氏の専制政権が発足し、国家分断がより先鋭化する米国では2年後に「ポピュリズムの権化」ドナルド・トランプ氏が再登板するかも知れない。これから世界が行き着く先は一体どうなるのか。日本が果たし得る、果たすべき役割はないのか。今日この頃、国会論戦のテレビ中継を観ていて感じるのは、この国のどこかが間違っているという諦念だけだ。岸田文雄首相はトラス首相の経済失策から学ぶべきことがあるはずだ。