11月6日号 新会長不在「安倍派」の密会で起きたハプニング幹部が集まる会食の場にある人物が現れた

 それは祝日「スポーツの日」の10月10日夜のことである。魑魅魍魎が渦巻くの永田町でさえ知る者は殆どいないハプニングが起きたのだ。 東京・虎ノ門のホテル「The Okura Tokyo」内の日本料理店「山里」に、自民党最大派閥の安倍派(衆参院議員97人)幹部が蝟集した。メンバーは、同派会長代行の塩谷立・元総務会長(衆院当選10回・72歳)、高木毅国会対策委員長(同8回・66歳)、松野博一内閣官房長官(同8回・60歳)、西村康稔経済産業相(同7回・60歳)、萩生田光一政務調査会長(同6回・59歳)、世耕弘成参院自民党幹事長(参院当選5回・59歳)の6人である。もちろん、同夜の会食は秘密裏にセットされた。安倍派総会を13日に控え、後継会長人事を巡る最終調整のため塩谷氏が呼びかけたのだ。実際、安倍晋三元首相銃撃殺害事件後、「安倍氏国葬」に至るまで同派の暫定体制を主導したとの自負があり、自らが会長の派閥人事案を事前に配付するなど意欲満々だった。
 一方、派内の衆院側若手・中堅から「塩谷会長」では第2派閥・茂木派(54人)領袖の茂木敏充幹事長、第3派閥・麻生派(53人)領袖の麻生太郎副総裁にとても太刀打ちできないと反対論が噴出・紛糾していた。そうした背景もあり、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)との問題を抱える萩生田氏は口を閉ざし、派内に手勢がいない西村氏と会長への野心がない松野氏も黙り込むばかりで、議論百出どころではなかった。こうした中で、世耕氏が「清風会(参院側)を代表して一言申し上げたい」と沈黙を破った。「失礼ながら塩谷さんではまとまりません」と言ったというのだ。安倍派は97人中40人が参院議員である。まさに「数の力」を背景に勝負に出たのだろう。
 これから本格協議かという最中にそのハプニングが起きた。森喜朗元首相が予告もなく店内の個室に現れたのだ。たまたま居合わせたのだが、トイレを出たところで見覚えがある世耕氏のSPに出くわし、さらに松野、西村、萩生田各氏のSPまでいたので顔を出したとの説明だった。安倍派を長期に及ぶ総裁派閥に押し上げた中興の祖である森氏の参席を断れるはずがない。全くの偶然だったのかはおいて、その後が森氏の独演会となったのは言うまでもない。派閥の来歴から安倍氏が成し遂げた功績まで滔々と披瀝して、最後は目の前に座る塩谷氏に言い放った。「君には会長は無理だ。そもそも派閥の領袖は身銭を切らなければならん。その覚悟があるかね。わしは自宅を抵当に入れてまで用立てした。最後は家も失った。そうした財政的なことを勘案すれば、ここは萩生田、西村、世耕君3人の共同会長でやるしかないな。松野君は官房長官として岸田(文雄)総理を支えなければならんし、高木君は国対委員長として野党との協議で多忙だろうから」その間、塩谷氏は顔を真っ赤にして耐えた。▶︎

▶︎そして高木氏は森氏が退出するや「何で俺の名前がないんだ」と声を荒らげたというのである。言うまでもないが、この会合再現は筆者の取材を基にしたものだ。当該者のなかには異論を挟む方がいるかもしれないが、ほぼ事実である。この再現から判るのは、安倍派の分裂はないが、新会長選出に時間が必要ということだ。
 ではなぜ、この一夜のドラマを再現したのか。岸田首相が今、直面する厳しい現実と無関係ではない。岸田氏は10月24日夕、旧統一教会との密接な関係が相次いで明らかとなり、野党やメディアから批判と追及の集中砲火を浴びた山際大志郎経済再生担当相の辞表を受理し、事実上更迭した。だが、遅きに失した。これまでの岸田氏の対応が後手に回ったことが内閣支持率の大幅下落に拍車をかけた。毎日新聞世論調査(10月22~23日実施)で、政府が旧統一教会への解散命令を裁判所に請求すべきかを尋ねたところ、「請求すべきだ」との回答は82%に達した。内閣支持率は前月比2ポイント減の27%で、黄信号が点灯した。難題山積の岸田政権の先行きに陰りが見え始めた。当面の課題は物価高騰と急速な円安だ。10月21日午前(現地時間)、ニューヨーク外国為替市場で円相場が1㌦=151円90銭台まで下落し、政府・日本銀行は5.5兆円規模の円買い・ドル売りの介入に踏み切った。9月22日の2.8兆円の円買いに続く追加介入だった。24日午前にも単独介入を行っている。円安の原因を日米の金利差と日本経済の構造的弱さとする見方が主流である。しかし為替政策の運用の観点でいえば、為替介入は利益を出せることが保証されている。かつて財務省は円が70円台に向けて上昇する局面でドルを大量に購入したが、それを150円台で売ることができて利益を確定した。同省が保有する外貨建て預金(約1400億㌦)が増加したのだ。それは一連の為替介入責任者・神田眞人財務官と2023年度予算編成の責任者・新川浩嗣主計局長の”握り“を意味する。
 どういうことなのか。岸田政権が10月28日に閣議決定した総合経済対策の裏付けとなる22年度第2次補正予算案で耳目を集めたのは、その規模(真水)である。財政当局はGDP(国内総生産)ギャップ相当額の15兆~20兆円を想定したが、政治要請を容れて30兆円弱になる。なぜならば、政府・日銀は10-12月期の厳しい局面を乗り切ることができれば、その先に円安圧力が低下するとみているからだ。岸田首相は冒頭に描いた安倍派の実状に加え、茂木・麻生両派の離反なしと見切っている。そして自らを幕末の風雲児、坂本龍馬が詠んだ「世の人は我を何とも言わば言え 我がなす事は 我のみぞ知る」の心境に重ね合わせている。