11月26日付 台湾有事で中国が仕掛ける「ハイブリッド戦争」岸田内閣ではとうてい太刀打ちできない

 東南アジア3カ国歴訪から帰国した岸田文雄首相は11月21日午前、「政治とカネ」を巡る問題で更迭した寺田稔前総務相の後任に松本剛明元外相を任命した。だが、1カ月3人の閣僚ドミノ辞任の「任命責任」を問われた岸田首相は衆院本会義で再び弁明を余儀なくされた。新たな総合経済対策を盛り込んだ2022年度第2次補正予算案についての鈴木俊一財務相の財政演説など審議日程が大幅にずれ込んだため、補正予算の成立は早くても12月2日以降となった。こうした国会日程の一部延期といった事態は極めて異例なことであるまさにその前日の朝日新聞(朝刊)の「安保の行方」と題した記事の見出し「戦争は、サイバー空間から始まる―ウクライナ侵攻前、米は“参戦”していた」に、筆者は目を奪われた。同紙報道によると、米国はロシアによるウクライナ侵攻で軍事介入しないと宣言したが、米サイバー軍司令官が6月の英メディアに対しウクライナ支援で攻撃的なサイバー手法を使ったと認めているというのだ。寡聞にして知らなかった。 
 それはともかく、同紙2面に掲載されたイメージ図にある以下の指摘が肝である。「積極的サイバー防衛?(自民党提言)の課題」として、次の4点を挙げている。①市民の個人情報・プライバシーは保護されるのか、②市民監視のツールにならないか、③発信源のサイバー活動阻止など、攻撃がどこまで許されるのか、④米国などと、どこまで連携したサイバー作戦を展開するのか――。“朝日らしい”指摘である。では、最近のサイバー空間の脅威・傾向を具体的にウクライナ戦争とサイバー攻撃のタイムラインで検証してみたい。ロシアは2月24日のウクライナ侵略開始の1年以上前から、同国政府機関や重要インフラの情報システムやネットワークに侵入し、破壊的サイバー攻撃の準備を進めてきた。  
 侵略前日には約300のシステムを対象とした大規模なサイバー攻撃を実施、侵略当日はウクライナを含む欧州全域をカバーする衛星通信を使用不能にした。そしてもちろん、侵略後も物理的攻撃とサイバー攻撃を組み合わせて攻撃対象の機能低下と社会的混乱を引き起こすべく継続している。▶︎

 ▶︎一方で米国はロシアによるサイバー攻撃へのカウンターアタックに踏み切っていたのだ。ポール・ナカソネ米国家安全保障局長官兼米サイバー軍司令官(陸軍大将・日系3世)は6月1日、英24時間放送ニュースチャンネル「スカイニュース」のインタビューで「我々は、攻撃、防御、情報など、あらゆる領域で作戦を実施してきた」と述べ、対ロシア“参戦”を認めていたのである。得心した。
 次に、米国のサイバーセキュリティ担当機関をチェックしたい。ホワイトハウスには国家サイバー局のジョン・“クリス”・イングリス長官、国家安全保障会議(NSC)のアン・ニューバーガー大統領副補佐官の2人をトップとするチームがある。そこには、①国家情報長官府(ODNI)のサイバー脅威・インテリジェンス情報統合センター(CTIIC)、②国防総省(ペンタゴン)のサイバー軍と国家安全保障局(NSA)、③国務省のサイバーセキュリティ新興技術局(CSET)、④国土安全保障省(DHS)のサイバーセキュリティ・インフラストラクチャーセキュリティ庁(CISA)、⑤司法省の連邦捜査局(FBI)、⑥商務省の国立標準技術研究所(NIST)の6府省各機関が控える。最近、「積極的サイバー防衛(アクティブ・サイバー・ディフェンス)」という言葉が頻繁に目につくようになった。要は、脅威情報の活用により攻撃被害が出る前にリアルタイムな探知と阻止を目指すアプローチということである。
 事実、11月22日午前に「国力としての防衛力を総合的に考える有識者会議」(座長・佐々江賢一郎日本国際問題研究所理事長)が岸田首相に提出した報告書(A4版23頁)の中でも、このサイバー安全保障の重要性について言及している。ところが、我が国におけるサイバーセキュリティ政策推進体制を見てみれば直ぐに分かることだが、残念ながら十分に機能しているとは言い難い。2015年1月に内閣官房に内閣サイバーセキュリティセンター(NISC)が設置された。現在、NISCセンター長の高橋憲一官房副長官補(元防衛事務次官)、副センター長の小柳誠二内閣審議官(警察庁)、吉川徹志内閣審議官(経済産業省)、下田隆文内閣審議官(警察庁)以下が内閣サイバーセキュリティ戦略本部(本部長・松野博一官房長官)の事務局を担う。
 だが、各府省庁からの出向者の多くが併任しているため同センターの人員不足はもとより専門職が殆ど居ないというのが実態である。例によって予算・人材不足と法未整備のトリレンマである。これではとても台湾有事の際に中国が仕掛けるだろうハイブリッド戦争に太刀打ちできそうにない。これが現状である。