12月11日号 変化しつつある権力構図のパワートライアングル

筆者の手元に岸田文雄首相を中心とする今秋政局のキーパーソンの会談・会食の日程表がある。9~11月のそれは、新聞各紙が掲載する「首相動静」を基に作成したものだ。岸田首相と自民党の麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長ら同党有力者との会談・会食の日時と場所を網羅している。麻生、茂木両氏との回数が際立っている。対面では麻生氏と会食2回、茂木氏とは会食1回・会談3回で、岸田、麻生、茂木3者会食・会談は4回に及ぶ。この間、首相外遊が3回もあった(第77回国連総会出席、豪州訪問、東南アジア3カ国歴訪)。この10日間の首相不在日程からも頻度が高いことがわかる。物事にはつねに裏がある。岸田、麻生、茂木3氏の密談も同様だ。
 それは「首相動静」からも透けて見えてくる。岸田首相(党総裁)は日程が許す限り、原則として月曜日午後(夕方)に東京・永田町の党本部で開催される役員会に出席する。役員会は本部8階で開かれるが、直前に同4階の総裁室に赴く。表玄関のエレベーターを使わず地下駐車場から別のエレベーターで4階に直行するのだ。待機する麻生、茂木両氏と10分足らずであっても言葉を交わす。永田町用語の「腹合わせ」である。その後、他の役員が待つ8階会議室に向かう。岸田氏はもちろん、執行部の遠藤利明総務会長、萩生田光一政務調査会長、世耕弘成参議院幹事長、森山裕選挙対策委員長とも差しの会食をしている。それにしても、「首相動静」から岸田氏を頂角に麻生、茂木両氏を底角とする二等辺三角形の権力構図が岸田政権の実態であると知れる。ところが、このパワートライアングルに異変が生じつつある。閣僚辞任ドミノで岸田政権の内閣支持率はジェットコースタ―並みに急降下している。「秋の山寺枯葉散る 杉の根元の水飲めず」――。
 永田町でささやかれている戯れ歌である。戯れ歌を講釈するのは野暮の極みだが、ピンとこない方のために解説する。政務三役の5人の名前が詠みこまれている。秋葉賢也復興相(茂木派)、山際大志郎前経済再生相(麻生派)、寺田稔前総務相(岸田派)、葉梨康弘前法相(同)、そして杉田水脈総務大臣政務官(安倍派)である。ちなみに杉田氏は「LGBT(同性愛者など性的少数者)は生産性がない」と言い放ったほか、木で鼻をくくった答弁で永田町での評判が芳しくない。報道各社の世論調査の内閣支持率を見てみる。NHK調査(11月11~13日実施):支持33%、朝日新聞調査(12~13日):支持37%、共同通信調査(26~27日):支持33.1%。筆者の「相場観」はこの3社の平均値を基にしているので、支持率は34.4%となる。永田町では支持率30%割れはその政権が「危険水域」に達したと判断される。したがって岸田政権はその一歩手前まで来てしまったといっていい。▶︎ 

▶︎ではなぜ、岸田氏の求心力はこれほどまでにも低下したのか。一に懸かって決断力のなさに起因する。具体例として葉梨法相の3日間辞任・更迭劇を検証する。「法務大臣は死刑のハンコを押したときだけニュースになる地味な役職だ」発言は11月9日夜の岸田派議員のパーティーで飛び出した。野党は直ちに反応し、立憲民主党の逢坂誠二代表代行は即刻「法相の重責の重さを理解しておらず閣僚失格だ」と断じた。翌10日午前の参議院法務委員会で撤回・謝罪したが、辞任は否定した。
 一方、山際氏に続くドミノ辞任を懸念する岸田氏は同日昼ごろまでに茂木、世耕両氏に更迭しない意向を伝え、事態の鎮静化に向けて協力を仰いだ。そして同日午後7時すぎ、ぶら下がり会見で法相交代の考えはないと表明した。東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議出席のため11日午後3時出発の予定に加えて、同日午前の参議院本会議での感染症法改正案の審議入りが確定していたことが、更迭に踏み切れなかった理由である。それ故に同本会議で「職責の重さを自覚し、説明責任を徹底的に果たしてもらいたい」と改めて法相交代はないと言明した。更迭を発表すれば首相が重視する地域の医療提供体制の強化策を盛り込んだ感染症法改正がおぼつかなくなるからだ。ところが11日夕、一転してカンボジアへの出発を12日午前1時すぎに延期し、葉梨氏の辞任申し入れを認めて後任の法相に齋藤健元農林水産相を充てる方針を発表した。ちなみに続投前提で党内外への根回しに動いていた茂木、世耕両氏には同日昼に「交代させます」と連絡が入ったという。
 いわばはしごを外されたのだ。こうしたドタバタ劇はいったい何を意味するのか。政界で「たられば」は御法度あることは承知しているが、10日段階で葉梨法相、寺田総務相の同時更迭を決断していれば、局面はもっと違った展開となったはずだ。岸田氏は否定するが、年末・年初の内閣改造・党人事の臆測が飛び交っている。永田町には、政権は解散すれば強くなる、内閣改造すれば弱くなる、という格言がある。仮に内閣改造に着手しても、「泥船」に乗り込んで岸田氏と一緒に沈没する滅私で心優しい政治家はいないだろう。12月10日の会期末も動かせない。長期政権となった安倍晋三元首相率いた安倍官邸と短命で終わりかねない岸田官邸の違いは何か。元主(ルビ・あるじ)の「語る力」と現主の「聞く力」との差ではないか。そして岸田官邸では一部の限られた側近に仕事が集中してオーバーワークとなっている。安倍官邸に比較して「岸田命」の側近が少なすぎるのだ。江戸庶民の諧謔精神に倣って一首。「黄金の眠りを覚ます更迭禍 四人続きで闇夜に鉄砲」――。もちろん、これは黒船来航時の「泰平の眠りを覚ます上喜撰 たった四杯で夜も寝れず」をもじったものだ。上喜撰は宇治茶の高級銘柄である。われながら凡庸で恥じ入る。