2024年米大統領選への再出馬を事実上決めているジョー・バイデン米大統領は2月7日、連邦議会の上下両院合同会議で一般教書演説(日本の通常国会冒頭に行われる首相の施政方針演説に相当)に臨んだ。本稿では内政・外交方針を示す同演説で言及した対中国政策について触れたい。バイデン演説に次のような件がある。《……中国が我々の主権を脅かせば我々は米国を守るために行動する。明確にしておこう。中国との競争に勝つ目的のもとに我々は結束すべきだ。我々は世界中で深刻な課題に直面している》(日本経済新聞9日付朝刊から引用)。キーワードは「中国との競争」である。バイデン氏が《パンデミックの影響で海外の半導体工場が止まった影響を我々は見た。(中略)二度と同じ事態を起こしてはならない。我々は超党派で半導体法を成立させた。米国の供給網が米国から始まるよう尽力している。この法により全米で数十万の新たな雇用が生まれるだろう》と述べたことから、それは分かる。
要するに、中国を意識した半導体サプライチェーンの強靭化が目的の、22年7月に成立した527億㌦(約70兆円)の予算付きの「半導体製造促進法」(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors for America=CHIPS Act 。日経新聞は「半導体補助金法」と表記している)のことである。だが、同法成立の過程を検証すれば理解できることだが、そもそもバイデン政権はまさに「中国との競争」のために準備した「対中競争法案」(Competes Act)が与党・民主党内や野党・共和党からの反対に遭い、同法案の一部であったCHIPS Actを取り出して成立に漕ぎつけたという経緯がある。
このようにやっとのことで成立を見たCHIPS Act(5年間で527億㌦の補助金を投じる法律)によって米国はトランプ前政権時からの悲願であった世界一の半導体メーカーである台湾積体電路製造(TSMC)の工場誘致(アリゾナ州)を実現したのだ。改めて言うまでもないが、日本も21年度補正予算で7740億円を計上し、TSMCの熊本県への誘致に活用したことから、今や九州は熊本県を中心に雇用期待など“TSMCフィーバー”で沸いている。▶︎
▶︎ところが、物事はそう簡単ではない。米商務省産業安全保障局(BIS)は昨年10月7日、先端半導体の対中輸出規制措置を発表した。そして翌月にはジーナ・レモンド商務長官が日本とオランダを名指しして追随を求めた。この輸出管理強化策は半導体関連製品(物品・技術・ソフトウェア)を対象としている。規制品目リストに軍事転用リスクのあるデュアルユース品目が網羅されており、米国外で生産された製品であっても米国製の技術・ソフトウェアを用いている場合、輸出管理規制の対象となる。
世界の半導体製造装置市場のトップは米アプライドマテリアルズ、2位のオランダ・ASMLホールディング、3位の東京エレクトロンであり、対中輸出規制の実効性を高めたいとの思惑が米側にあるのだ。しかし、米商務省が事前の入念な擦り合わせをすることなく規制導入を発表したため、昨年来水面下で3カ国協議は続けられてきた。決定打となったのは、年明けにバイデン氏がホワイトハウスで会談した岸田氏(1月13日)、マルク・ルッテ・オランダ首相(同17日)に対し直接要請したことだ。因って、急きょ27日にワシントンで日米蘭3カ国の安保担当高官協議が開かれた。その詳細は明らかにされていないが、英紙フィナンシャル・タイムズと米ブルームバーグ通信は同日付電子版で日蘭両国が米側要請を受け入れたと報じている。
ここで筆者が指摘したいことは、バイデン氏が一般教書演説で「中国との競争に勝つ目的のもとに我々は結束すべきだ」と述べたのは本気であるということだ。中国への脅威の認識を米側と共有できるにしても、対中依存の高い我が国の半導体業界に多大な影響があるのは否めない。安全保障政策とビジネスの共生は実に悩ましい問題である。