5月13日付 官邸の「常識」を突破す必要があった…岸田首相と「チャットGPT」の生みの親、アルトマン氏の会見はこうして実現した

筆者はこれまでに度々、岸田文雄首相が4月10日に首相官邸で米新興企業オープンAI社のサム・アルトマン最高経営責任者(CEO)と面会したことを取り上げてきた。オープンAIは世界的に話題となった対話型人工知能(AI)「Chat(チャット) GPT」を開発した超優良スタートアップである。 弱冠38歳のアルトマン氏がたとえエネルギー核融合発電のスタートアップ、米ヘリオン・エナジー社(Helion Energy)に3億7500万㌦(約505億円)を出資した「Tech Billionaires Bet on Fusion as Holy Grail for Business(ビジネスの聖杯・核融合に賭けるテック長者)」(米紙ウォール・ストリート・ジャーナル4月23日付電子版)であれ、従前の官邸関係者であれば何ら関心も示さなかったはずだ。 そもそも我が国の権威主義的な政界は「実績」が判断基準である。その伝で言えば、アルトマン氏はアップルの共同創業者スティーブ・ジョブズ氏、マイクロソフト共同創業者で大富豪のビル・ゲイツ氏、アマゾン・ドット・コムを立ち上げた億万長者のジェフ・ベゾス氏の域に達していないまだ“若造”であり、なぜ日本国総理大臣に会わせる必要があるのか、というのがこれまでの官邸の反応であった。
 それがなぜ、今回は面会が実現したのか。誰がアレンジしたのか?日本人なのか米国人なのか。日米どちらが求めたのか?オープンAIなのか官邸サイドなのか。自ずとこの点に筆者の関心は向かった。岸田首相は5月10日午後、官邸で日本経済新聞の単独インタビューに応じた。同紙(11日付朝刊)に次のような件がある。《19~21日の主要7カ国首脳会議(G7サミット)でも責任ある形で生成AI活用の可能性の議論をリードし、今後の道筋のイメージを作れる議論をしたい》。▶︎ 

▶︎要は、岸田氏がG7広島サミット議長としてAI活用に向けたルール作りの議論主導に強い意欲を抱いているということである。このパラグラフからも分かるように、「時の人」であるアルトマン氏と面会するインセンティブは日本側にあったようだ。事実関係を探るため筆者が訪ねたのは自民党政務調査会デジタル社会推進本部傘下の「AIの進化と実装に関するプロジェクトチーム(PT)」(座長=平将明・元内閣府副大臣)の事務局長、塩崎彰久衆院議員である。ピンポン!だった。まさに塩崎氏がアルトマン氏招聘のキーパーソンの一人だったのだ(同氏は塩崎恭久元官房長官の子息)。
 以下、紹介するのは同氏説明の概要だ。そのチャンスを与えたのが世界有数のインターネット活動家であり、米名門マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ元所長である伊藤穰一千葉工業大学変革センター所長である。「Web3」の提唱者として知られる伊藤氏は米紙ニューヨーク・タイムズ取締役、ソニー取締役などを歴任した他、米ツイッターの初期投資家でもある。伊藤氏は先の自民党PTの第4回勉強会(3月3日)に招かれて「AIの進化と日本の選択肢」と題した講演を行った。その後、同氏の提案でオープンAI側4人と自民PTメンバー4人がオンライン会議を行ったのが日米双方の関係深化の起点となった。
 実はその時にアルトマン氏自身も出席していたのだ。一方、ほぼ同時期にAI研究の第一人者である東京大学大学院工学系研究科の松尾豊教授からオープンAI社には日本語が達者で優秀な研究者がいると紹介されたのが中国系カナダ人のシェイン・グウ氏(アルトマンCEOの秘書役)だった。塩崎氏らはアルトマン氏招請を考えたが、官邸の「常識」を突破する必要があった。そこで4月になってから平将明、塩崎両氏は官邸の木原誠二官房副長官、村井英樹首相補佐官を訪れて、この企画の概要を説明し、招請の基本了承を得たというのだ。岸田首相との面会日程が同10日に確定したのは数日前のことだった。 アルトマン氏はその日の朝早く、ラーム・エマニュエル駐日米大使と会談した後、岸田首相と面会したことになる。バイデン米政権がオープンAIの日本進出をバックアップしていることがそこからも窺える。それにしても、アルトマン氏来日を側面支援した松尾教授が、5月11日に官邸で初会合を開いた「AI戦略会議」座長に就任した。AI活用のルール作りは日米主導で加速するのは間違いない。