6月21日、第211回通常国会は閉会した――。野党第1党の立憲民主党が衆院に提出した内閣不信任決議案は16日午後の衆院本会議で否決されたことで、国会最終盤の永田町を騒然とさせた月内の「衆院解散」説に終止符が打たれた。解散風が吹き止み、永田町・霞が関関係者が束の間の休息を得た今週、メディア各社は一様に“早期解散・総選挙騒動”の総括を行っている。朝日新聞(23日付朝刊)は「自信深める岸田派―閉塞感打破 長期政権化へ身内期待、『総裁派閥つつましく』冷ややかな目」と題し、リードで次のように書いている。《岸田文雄首相率いる自民党岸田派(宏池会)で高揚感が広がっている。通常国会を延期せずに乗り切り、首相の在任期間も2年近くなり、自信を深めているためだ。他派閥は上滑りしているのではないかと、冷ややかにみている。「首相・総裁派閥だからこそ、つつましく振る舞うべきだ」との声が出ている》。 確かに、岸田首相周りの一部と宏池会幹部が高揚感に浸っていることは否めない。だが実は、岸田氏本人は高揚感とは無縁である。「朝日」記事中に《(派閥の会合で)……根本匠事務総長は冒頭、「みなさんが岸田政権を支えてくれた。発足から1年8カ月、大平政権の在任期間を超えた」と派閥の先輩宰相の名に言及した》とあるが、どうも岸田氏の胸中はそうではないようだ。 筆者が承知する限り、岸田氏は1957年に宏池会を創設した池田勇人元首相が打ち出した「所得倍増計画」を含むいわゆる「軽武装・経済重視」路線などには拘りを持つが、派閥の先輩首相の大平正芳、鈴木善幸、宮澤喜一各氏の在任期間にはほぼ無関心と言っていい。
事実、首相最側近の誰に尋ねても「雑談を含めても総理から大平さんを(在日数で)クリアしたとか、次は宮澤さんだといった固有名詞が出たことは一度もない」と証言する。もちろん、胸中に秘めているのかどうかを確認する術は筆者にはないが。それはともかく実は、同氏が心に秘めた“超えるべき”相手は安倍晋三元首相を想定しているのだ。そのためには、昨年末に閣議決定した「国家安全保障戦略」など安保関連3文書改定、原発再稼働・リプレースの決断、DX(デジタルトランスフォーメーション)戦略の策定などに加えて、もう一つ上を極めたいという野心があるのではないか。▶︎
それは憲法改正である。1955年の自民党結党以来の党是である改憲を自らの手で成し遂げたいということである。憲法9条第2項はともかく、①安全保障にかかわる「自衛隊」の明記と「自衛の措置」の言及、②大地震が発生した時などの緊急事態対応を強化、③参院の合区解消、各都道府県から1人以上選出、④家庭の経済的事情に左右されない教育環境の充実――を盛り込んだ改憲である。 故・安倍氏が敬愛して止まなかった祖父・岸信介元首相、そして憲政史上最長の首相在任を果たした安倍氏もなし得なかった改憲を実現することで“安倍越え”の評価を掌中に収めたいと。そのためには来年9月の自民党総裁任期満了による総裁選で再選される必要がある。長期政権を目指しているのだ。事はそう簡単ではない。
岸田氏は否定するだろうが、今通常国会最終局面で見せた「解散権の弄び」は各方面に大きな波紋を呼んだ。岸田政権が目指した防衛費増額・子育て支援財源法案、LGBT(性的少数者への理解増進を目的)法案、「骨太の方針2023」に対する批判勢力への牽制という指摘もあるが、それにしてもその政治手法に疑問符は付いた。直近の報道各社の世論調査を見ると、政権の根幹を成す<少子化対策>、<マイナンバーと保険証>、<自公連立>について、6月17~18日に実施した共同通信、朝日新聞、毎日新聞3社の調査結果が端的にそれを表している。いずれもが「評価しない」「不安がある」「解消すべきだ」が50~60%に達した。G7広島サミットを成功裏に終えた直後の内閣支持率急上昇が国会会期末を前に一転して急落したのだ。
それでも岸田首相は7月11~12日にリトアニアの首都ビリニュスで開催されるNATO(北大西洋条約機構)首脳会議出席を皮切りに9月20日前後の米ニューヨークでの国連総会一般討論演説まで3か月間の首脳外交ラッシュを通じた反転攻勢を企図している。そして9月25日頃に臨時国会を召集し、必要と判断すれば23年度補正予算案を提出・衆院解散を断行する構えである。10月10日衆院選公示・22日投開票、あるいは同17日公示・29日投開票が最もあり得る解散シナリオだろう。1986年6月の中曽根康弘首相の「死んだふり解散」ならぬ「令和の死んだふり解散」と言ってよい。