日本銀行(植田和男総裁)の政策決定会合は7月27~28日に開催される。果たして植田総裁が長短金利操作(イールドカーブ・コントロール=YCC)の一部修正(調整)を決断するのかどうか――金融市場関係者はいま固唾を呑んで注視している。
まず市場関係者が注目したのは日本経済新聞(7月7日付朝刊)に掲載された内田真一日銀副総裁のインタビュー記事だった。同紙の見出し「金利操作修正『市場に配慮』―日銀副総裁、バランス重視」そのものが波紋を呼び、記事中の内田氏発言の解釈を巡り諸説紛々し、市場関係者だけでなく政界・経済界でも話題となった。さらに12日の「日経」(朝刊)は1面に「日銀の金利操作修正警戒―円一時140円台、1週間で4円超高―賃金・物価上昇、市場先回り」の見出しを掲げた記事の冒頭で《金融市場で日銀が今月にも長短金利操作(YCC)の修正に踏み切るとの観測が高まっている。11日の円相場は一時1㌦=140円台前半と、約1カ月ぶりの円高水準をつけた。国内で賃金や物価の上昇を示す統計が相次ぐ。日本の金利が上昇(債券価格は下落)、円買いが進むとの思惑だ》と報じた。そもそも日銀は4月の政策決定会合で、その後いつでもYCCを調整できるようにフォワードガイダンス(先行き指針)を見直した。「中央銀行自ら金融政策の先行きを示す『約束』のようなもの」であるフォワードガイダンスを削除したことが同会合の最重要ポイントである、と同紙(30日付電子版)は解説している。5月になると、金融関連主要企業の研究所が発行するリポート・小冊子などで、日銀が7月会合でYCCの調整に踏み切る可能性が取り沙汰されるようになった。
一例を挙げる。ソニーフィナンシャルグループ金融市場調査部の「Monthly Global Market Report」(5月号)は<日本経済見通し>で《フォワードガイダンスを一部修正して「機動的に対応」の文言を追加したことや、記者会見でYCCの副作用を注視し、問題があれば対応を検討する等の発言があったため、YCCの早期再修正の余地は残されたといえる》と書いた。そして5月30日、東京証券取引所の日経平均株価はバブル崩壊後の最高値3万1328円を記録した。その後の円安・株高トレンドは周知の通りである。▶︎
▶︎筆者が信を置く在ワシントン金融アナリストの齋藤ジン氏はかつて「YCCはQE(量的金融緩和政策)の一種である」と看破した。同氏が執筆する米OBSERVATORY VIEW(7月11日付)だけではなく、気鋭の在京経済アナリスト、ジョセフ・クラフト氏も「日銀7月会合でのYCC修正の可能性が高い」と断じる。クラフト氏の指摘は興味深い。日銀政策委員会(植田総裁、内田副総裁、氷見野良三副総裁以下、審議委員6人の計9人で構成)ではその基本スタンスを「異次元緩和派」(ハト派)と「従来型緩和派」(タカ派)に分けて説明する。
因みに「日経」は、「異次元の緩和」と「普通の緩和」と記述する。東京大学元教授の植田、日銀生え抜きの内田、金融庁元長官の氷見野の正副総裁は従来型緩和派であり、異次元緩和派審議委員の安達誠司(丸三証券元経済調査部長)、中村豊明(日立製作所元代表執行役副社長)、野口旭(専修大学元教授)、中川順子(野村アセットマネジメント元社長)と基本的立ち位置が異なる。高田創(岡三証券グローバル・リサーチ・センター元理事長)、田村直樹(三井住友フィナンシャルグループ元専務)両氏は従来型緩和派であり、フォワードガイダンス見直しや短期金利操作(ゼロ金利)に理解を示す。こうした各審議委員のスタンスを踏まえて内田副総裁は、日経新聞インタビューでその対象はもちろん金融市場であるが、実は異次元緩和派にYCCの枠組みは堅持する、修正は慎重に行うので心配しないで欲しいとのメッセージだったと同氏は言う。
ではなぜ、植田=日銀はYCC修正問題でこれほどまどろっこしい対応をするのか。もちろん、それには理由がある。今秋の衆院解散・総選挙を視野に入れる岸田文雄首相は自民党最大派閥清和会(安倍派)への配慮を無視できないからだ。10月上旬召集とされる秋の臨時国会前後には防衛費増額や子育て支援の財源問題、24年度税制改正大綱が待ち受けている。故・安倍晋三元首相のアベノミクスを異次元緩和で支えた「黒田(東彦前総裁)チルドレン」と言って良いハト派審議委員が異次元金融緩和政策はおろか、YCC修正の必要はないという基本スタンスを堅持している。依然として「安倍晋三」という壁は厚く、高いので乗り越えるのは容易でない。植田氏は当分間、政治マターと無縁でいられないのである。