少々、時間を遡る。ジョー・バイデン米大統領は7月21日、米中央情報局(CIA)のバーンズ長官(67)を閣僚に起用する人事を発表した。バイデン政権下でCIA長官は閣僚でなく、これまでCIA、国家安全保障局(NSA)など各情報機関を統括する国家情報官のみが閣僚級であった。
では、バーンズ氏に限って閣僚に昇格させたのはなぜか。理由はある。ウィリアム・バーンズ氏は英オックスフォード大学修士課程(国際関係論)終了後の1982年、米国務省に入省。国務長官特別補佐官、駐ヨルダン大使、国務次官補(中近東担当)、駐ロシア大使(05~08年)、国務次官(08~11年)、国務副長官(11~14年)などを歴任した国務省生え抜きである。アラビア、ロシア、フランス語に堪能。バイデン氏は21年1月、外交官出身初のCIA長官に指名し、米キャピトル・ヒル(日本の永田町)関係者を驚かせた。まさにその期待に応えるようにバーンズ氏は、4月中旬にサウジアラビア、5月中旬に中国、6月初旬にウクライナを隠密裏に訪問していた。そのタイミングは米国がそれぞれの国と微妙な関係に陥った時期でもあった。▶︎
▶︎中でも、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT電子版6月2日付)がスクープした5月の極秘訪中はバイデン政権に大きな意味を与えた。年初2月の米軍による中国の偵察気球撃墜で極度に高まった米中緊張関係を緩和させるべく中国情報機関トップと会談したのだ。事実、その直後の広島G7サミット出席のため来日したバイデン氏は記者会見で「近いうちに(緊張関係は)緩和し始める」と述べている。バーンズ氏は「民主、共和両党議員から尊敬されるだけでなく、中国当局にも知己が多いので派遣された」(FT)。そして同氏はウクライナ侵攻前年の11月にモスクワを訪問、プーチン大統領側近との極秘会談で軍事侵攻の断念を説得していた。
要するに、プレイング・マネージャーなのだ。想起されるのは同氏が2019年に刊行した「The Back Channel」だ。ブッシュ(父)政権の国務長官を務めたジム・ベーカー氏が同書に賛辞を贈っている。「この本には、興味深い歴史的詳細が満載されているが、さらに重要なことに、米国の指導力が国際秩序の要であり続ける世界をどうするかについての鋭い洞察も含まれていることだ」――。翻って我が国では、明治期の外交官・政治家の陸奥宗光の外交秘録「蹇蹇録」(1929年刊行)と、終戦時の外相・重光葵の「外交回想録」(53年刊行)が際立つ。その後、今日に至るまで日本外交史に残るものは少ない。