9月23日付「インベストインキシダ(日本に投資をしてくれ)」から1年…岸田首相がニューヨーク経済人に訴えたスピーチの「重要論点」

岸田文雄首相は9月21日午後(現地時間・日本時間22日未明)、米ニューヨーク5番街・61丁目の5つ星ホテル、ザ・ピエールアタージで「ニューヨーク経済クラブ(The Economic Club of New York)」(理事長:ジョン・ウィリアムズ・ニューヨーク連邦銀行総裁)主催の会合で講演した。米国経済・金融の中心地ニューヨークの経済人をメンバーとする同クラブは1907年創立の会員制名門サロンである。 歴史を遡ると、ウッドロー・ウィルソン、ウィリアム・タフト、ハーバート・フーヴァー、ドワイト・アイゼンハワーからJ・F・ケネディ、リチャード・ニクソン、ロナルド・レーガン、ジョージ・H・W・ブッシュ、ドナルド・トランプに至る歴代大統領。そして海外からはウィンストン・チャーチル英首相、ミハイル・ゴルバチョフ・ソ連大統領、マーガレット・サッチャー英首相などがゲストスピーカーとして招かれている。岸田氏は日本人初の栄えあるゲストスピーカー・リストに名前を連ねたのである。聴衆は世界最大の資産運用会社ブラックロックを始め、金融大手ゴールドマン・サックス、投資銀行大手JPモルガン、そして有力ヘッジファンドなどのトップや幹部であった。
 平たく言えば、日本向け投資家である。岸田氏は昨年5月、英ロンドンの金融街シティにあるギルドホールで講演した際に「Invest in Kishida(日本に投資して欲しい)」と呼びかけている。さすがに「柳の下のドジョウ」というわけにいかず、今回は日本投資の具体策に言及した。 首相スピーチ原稿の準備、ニューヨーク経済クラブ講演セッティングは中山光輝首相事務秘書官(1992年旧大蔵省)と在ニューヨーク総領事館の伊藤孝一領事(2004年財務省・6月中旬まで木原誠二官房副長官秘書官)の2人である。スピーチの肝である「資産運用特区」創設構想は、実は6月に発表した『経済財政運営と改革の基本方針2023』第2章「新しい資本主義の加速」2項の「投資の拡大と経済社会改革の実行」(国際金融センター)の記述<「資産運用立国」の実現を目指し、資産運用業等の抜本的な改革の一環として、日本独自のビジネス慣行・参入障壁の是正や、新規参入に係る支援の拡充等を通じた競争の促進に取り組む>に示唆されていた。▶︎

▶︎要するに、海外投資家の日本への新期参入を促したのである。海外から高度な能力を持つ人材招請の障害となる雇用条件(報酬・住宅・家族対応)の向上だけでなく日本独自の障壁であるビジネス慣行の是正、さらに所得税を含む税制改正まで示唆する資産運用業の「構造改革」を断行するとアピールしたのだ。岸田氏の英語でのスピーチの一節「The development of Japan‘s asset management business, leveraging more than 2000 trillion yen of personal financial assets, will help bolster the flow of investment.(2000兆円を超える日本の個人金融資産を生かした資産運用ビジネスの発展は、投資の流れを促すのに役立つ)」が肝である。このフレーズの前段では「The funds managed in the Japanese asset management sector have skyrocketed by 50% during the last three years, and now stand at 800 trillion yen.(日本の資産運用セクターが運用する資金は800兆円で、過去3年間で50%に達した)」と述べた上で、海外から優秀なファンドマネジャー招請の阻害要因となる言葉の問題(日本語)を含む参入障壁の是正や行政対応の規制改正についての具体策にも言及した。さらにサプライズとして岸田氏は講演後、米経済ニュース専門放送局CNBC人気キャスターのベッキー・クイック女史との公開対談にも応じるなど「Invest in Japan(日本投資)」を積極的に売り込んだ。伊藤領事のアイディアなのか承知していないが、やれることはすべてやった感が強い。同地在住の筆者の盟友・米国人経済ジャーナリストによると、岸田氏講演は概ね米投資家の好感を得たという。
 しかし、同氏は「We will also promote deregulation to enable asset management firms to outsource their back-office operation.(あわせて、バックオフィス業務のアウトソーシングを可能とする規制緩和を実施する)」の件が重要であり、口先だけでなく必ず実行しなければならないと警告する。 日本経済新聞(22日付朝刊9面)の「『投資される国』へ環境整備」記事中のリードに《日本を「投資される国」にするには、日本企業の収益力を高める改革が欠かせない。国内産業の空洞化を防ぐことが次の課題となる》とある。全く以って至言だ。