9月3日号 アメリカ外交支えるバーンズCIA長官の「すご腕」米中の緊張緩和など成果積み上げ、閣僚に昇格

のっけから米中央情報局(CIA)長官の話になるが、ご寛容いただきたい。ここで取り上げるのは、米バイデン政権のウィリアム・バーンズCIA長官である。ジョー・バイデン大統領は7月21日、バーンズ氏を閣僚に起用する異例人事を発表した。そもそもバイデン氏は2021年1月の政権発足に当たって外交官出身初のCIA長官を指名し、米議会関係者を驚かせた。 バイデン政権下ではこれまでCIA長官は閣僚ではなかった。過去の政権同様にCIAや国家安全保障局(NSA)など16の情報機関を統括するアブリル・ヘインズ国家情報長官は閣僚級だ。ではバーンズ氏に限って、米国家安全保障会議(NSC。議長・大統領以下、副議長・副大統領、国務長官、国防長官、財務長官、エネルギー長官らで構成)のメンバーにも入る閣僚に格上げしたのはなぜか。
 もちろん、理由はある。バーンズ氏は英オックスフォード大学修士課程(国際関係論)を終了後の1982年、国務省に入省。国務長官特別補佐官、駐ヨルダン大使、国務次官補(近東担当)、駐ロシア大使(2005~08年)、国務次官(08~11年)、国務副長官(11~14年)など歴任した国務省生え抜きだ。初任地が中東のヨルダンでありアラビア語および、ロシア語、フランス語に堪能。こうした華麗な外交官キャリアを持つ同氏だが、「スパイマスター」(情報機関のトップ)としても大統領の期待に応えた。今年の春から夏にかけて米国が外交・安全保障上、微妙な関係に陥った国々を極秘裏に訪れていた。4月初旬のサウジアラビア、5月中旬の中国、6月初旬のウクライナ訪問である。
 とりわけ、英紙フィナンシャル・タイムズ(FT電子版6月2日付)がシンガポール発でスクープした極秘訪中は、バイデン政権に大きな成果をもたらした。年初2月の米戦闘機による中国偵察気球撃墜で極度に緊張が高まった米中関係を緩和するため中国情報機関の国家安全部トップと会談したのだ。事実、その直後に広島で開催された主要7カ国(G7)首脳会議(5月19~21日)出席のため来日していたバイデン氏は記者会見で「近いうちに(緊張関係は)緩和する」と述べている。バーンズ氏は「民主、共和両党議員からも尊敬されるだけでなく、中国にも知己が多いので派遣された」とFT紙は解説した。
 加えて、同氏はロシアのウクライナ侵攻前年の11月にもモスクワを隠密裏に訪れている。ウラジーミル・プーチン大統領の最側近であるニコライ・パトルシェフ安全保障会議書記との会談で軍事侵攻の断念を説得していたのだ。結果として説得は不調に終わったが。要するに、スパイマスターである同氏は外交・安全保障領域においても「プレイングマネジャー」であるということだ。▶︎ 

▶︎こうした役割を担うバーンズ氏が、岸田文雄政権が誕生して1年が経った頃から、日本政府要路に位置する高官と秘密裏に、かつ定期的に協議を行うようになった。接触は第三国の主要都市が多く、「完全保秘」に傾注していることがわかる。こうした日米極秘チャンネルの定期協議が、実は8月18日に米ワシントン郊外のキャンプデービッド(大統領の山荘)で開催された日米韓首脳会談実現に寄与したことを知る者はほとんどいない。
 では、3カ国首脳会談のおさらいをしたい。全体会合の出席者だが、ホワイトハウスが発表したプロトコル順で列挙する。米側:バイデン大統領、アントニー・ブリンケン国務長官、ジーナ・レモンド商務長官、ジェイク・サリバン大統領補佐官(国家安全保障担当)、ラーム・エマニュエル駐日大使、カート・キャンベルNSCインド太平洋調整官、ダニエル・クリテンブリンク国務次官補(東アジア・太平洋担当)、ミラ・ラップフーパーNSC上級部長(東アジア・大洋州担当)。日本側:岸田首相、林芳正外相、木原誠二官房副長官(政務)、秋葉剛男国家安全保障局長、嶋田隆首席首相秘書官、冨田浩司駐米大使、船越健裕外務審議官(政務)、鯰博行外務省経済局長。韓国側:尹錫悦大統領、朴振外相、趙太庸大統領府国家安保室長、趙賢東駐米大使、金泰孝国家安保室第1次長、金恩慧大統領首席秘書官(広報)、崔相穆大統領首席秘書官(経済)、李忠勉国家安保室外交秘書官。保秘態勢下の全体会合はキャンプデービッド内の「ローレルロッジ」、続くワーキングランチが「アスペンロッジ」で行われた。首脳共同声明の「肝」は、日米韓の新しい枠組みを日米豪印の枠組み「QUAD」と同レベルに引き上げる地域安全保障戦略で、バイデン氏の悲願でもあった。
 キーワードは2つある。日米韓首脳、外相、防衛相、そして安保高官の毎年一回の定期協議を「制度化(institutionalize)」したこと。この3カ国の枠組みの対象が「インド太平洋およびそれを超えた地域(across the Indo-Pacific and beyond)」(「キャンプデービッドの精神」)であり、「それを超えた地域」はウクライナを指す。すなわち、中国を念頭に置く朝鮮半島・台湾有事、そしてインド太平洋地域における海上覇権行動だけでなく、ウクライナ戦争の和平・停戦交渉とその後の復興協議も含めた対中抑止策を議題にしたのだ。この共同声明は起案したラップフーパー、船越両氏が強く李忠勉氏に働きかけてルビコン川を渡らせたことで成った。韓国の一部に根強い「中国配慮」と一線を画す決断を促した歴史的合意である。日米連携のインテリジェンス外交が奏功したと言っていい。黒子であるバーンズ氏とその相方が果たした役割を忘れてはなるまい。