10月22日号 岸田首相は「クリスマス選挙」の奇策を打てるか党総裁再選が最優先、総選挙で求心力回復狙う

それはだいぶ前のことだった。財務省幹部との懇談の席で、安倍晋三元首相と菅義偉前首相それぞれを言い表すキーワードは何かと尋ねた。同幹部は瞬時にこう言い放った。「安倍さんが鳥の目線をお持ちであるのに対し、菅さんはアリの目線の政治家です」。その「鳥」は、空から地上まで見渡して、獲物を探し縄張りを警戒する、猛禽類のタカやハヤブサを指す。要は視野が広く、物事を俯瞰する能力が高いということ。さらにいえば鳥は鳴く。仲間同士の情報交換であれ、敵を威嚇する叫びであれ、必要であるから鳴くのだ。政治家でいえば、それは「言語力」ということになる。安倍氏は自分の国家ビジョンを持ち、天下国家を語る政治家だというのだ。
 一方の「アリ」である。雑食性の黒アリは地上をはい回り餌を見つけて、それを女王アリが待つ巣まで運ぶのが課せられた仕事。もちろん、自分も虫の死骸などを好んで食べる。政治課題にプライオリティーをつけて素早く解決する能力が抜群だった官房長官時代の菅氏を想起すればわかる。女王アリに喜ばれる餌を一刻も早く巣に運ぶのが黒アリだが、アリは話さない。しかし菅氏は言葉とは違った伝達力を持っているに違いない。そこで岸田文雄首相はどんな生き物に例えるのがふさわしいか考えてみた。筆者の頭に浮かんだのはカメレオンである。舌が長く伸びて、別々に動く目があり、色を変える体を持ち、珍奇な姿の樹上性爬虫類のカメレオン。ウサギや馬も視野が広いが、カメレオンは視野が360度で1番だ。加えて、生き餌しか食べない。主にアフリカのマダガスカル島に生息する希少な生き物である。最近はペットとして飼う人もいるようだが、「気持ちが悪い生き物」という印象を抱くのが一般の反応であろう。しかるに、カメレオンに例えられたと聞けば、岸田氏は不快を覚えるかもしれない。お許しいただきたい。ここまでつづれば、賢明な読者は筆者が言いたいことを早くも理解されたのではないか。そう、広角アンテナを張り巡らせる岸田氏は自らを取り巻く情勢の分析に長けているのだ。それが厳しい情勢であれ、はたまた好ましい事象であれ、客観的に評価して対応する。一例を挙げれば、9月13日に断行した内閣改造・自民党役員人事である。「サプライズがなかった」、「派閥均衡優先だ」、などと党内外からの批判にさらされた。
 事実、内閣支持率も上昇しなかった。しかし、来年秋の自民党総裁再選を確実にするため狡猾な“仕掛け”を盛り込んだ人事だった。最大の焦点となった木原誠二官房副長官は「文春砲」に直撃されて退任を余儀なくされた。だが、自民党幹事長代理・政務調査会長特別補佐の肩書を得て首相(総裁)最側近の座を維持したのである。口さがない永田町スズメは「焼け太り」と言ったが、後の祭りだった。もともとの岸田人事草案は松野博一官房長官を政調会長に起用し、官房長官に萩生田光一政調会長を据えるというものだった。▶︎

▶︎そして木原氏を政調会長代理にし、事実上の「木原政調会長」にという企図があった。次期会長をめぐる最大派閥安倍派の現在の混乱から萩生田氏も官房長官は望むところだったに違いない。
 だが、事前の派内調整がなく実現しなかった。こうした背景説明を後に聞かされた党内実力者は一様に、岸田氏の胆力と先見性に驚いたという。カメレオンが生き餌しか食べないことに通じる。世間の耳目を集めた小渕優子元経済産業相の処遇も同じ視点から行われた。各メディアは党4役の一翼を占める選挙対策委員長抜擢を大きく報じた。だがこの人事にも岸田氏の狡猾さが反映している。森山裕選対委員長を自民党の意思決定機関である総務会の会長に起用することが先にありきだった。小渕氏をバックアップする森山氏が事実上、選対委員長兼務なのだ。党内非主流派の二階俊博元幹事長率いる二階派と菅氏グループとの連合から弱小派閥領袖の森山氏を引き離す狙いが透けて見える。まさに体の色を変えて別々に動く目を持つ変幻自在のカメレオンではないか。永田町の関心事は今、そのような岸田氏が描く衆議院解散・総選挙戦略に集中している。はたして10月20日に召集された第212回臨時国会会期中の解散を決断するのかの一点に尽きる。岸田政権の屋台骨である経済対策は同月中をメドに取りまとめられる。首相は繰り返し、その財源となる2023年度補正予算を会期内に成立させると言明した。
ここで注目すべきは、その経済対策・補正予算をめぐる国会審議日程である。通例のプロセスは以下のとおり。①経済対策決定→②補正予算の概算決定→③補正予算案提出、財務相の財政演説→④補正予算案審議・採決・成立――。22年度第2次補正予算は以下の日程だった。①昨年10月28日→②11月8日→③11月21日→④12月2日(補正予算の規模・中身にもよるが大型の場合、衆参院それぞれの審議・採決に2.5~3日ずつ6日間で成立)。この過密日程を今年度に当てはめると、補正予算成立後の解散はほぼ不可能と思われる。事実、10月に入ってから首相官邸内の雰囲気が一変した。それまでは経済対策発表後の「11月上旬解散・同14日公示・26日投開票」説が支配的だった。では、本当に年内解散は見送られたのか。そこで登場するのが「カメレオン」である。自民党総裁再選をすべてに優先させる岸田氏は総選挙を通じて求心力を回復する以外に「生き餌」にありつけないと承知している。解散は首相の専権事項だ。「決めるのは俺だ」と自負する岸田氏は補正予算案提出後に解散し、「12月12日公示・24日投開票」の奇策に打って出るのではないか。「クリスマス選挙」である。