今にして思えば、ということがよくある。それは、岸田文雄首相が11月1日夕方に官邸で奈良県の山下真知事に同行した「奈良の柿PRレディ」から同県特産の柿を贈られて、毎年恒例の一句を披瀝したとのニュースに接した時のことだった。その日は参議院予算委員会で約7時間の拘束・審議を終えてホッとしたこともあってか、岸田氏は10月23日の所信表明演説で訴えた「明日は今日より良くなる」のキャッチフレーズを入れ込んだ「柿食えば よりよい明日へ 奈良のまち」と自作の一句を披露したのだ。
筆者の頭をかすめたのは、岸田氏の前途には「明日が今日より悪くなる」可能性だって大いにあり得る、との思いだった。果たせるかな、その週末に実施されたマスコミ2社の世論調査で内閣支持率が急落したのである。共同通信調査(11月3~5日実施):支持率前月比4㌽減の28.3%、不支持4.2㌽増の56.7%。TBSテレビ(JNN)調査(同4~5日):支持前月比10.5㌽減の29.1%、不支持10.6㌽増の68.4%。さらに翌週実施のNHK(同10~12日)と産経新聞・フジテレビ(FNN)合同調査(11~12日)の結果は岸田官邸にメガトン級の衝撃を与えた。NHK:支持前回比7㌽減の29%、不支持8㌽増の52%。産経新聞・FNN:支持前回比7.8㌽減の27.8%、不支持9.2P㌽増の68.8%となった。4社調査すべてが支持率30%を下回ったのである。とりわけ、永田町が国民世論の写し鏡と位置付けるNHKと、保守の社論で知られるフジサンケイグループの調査結果に政界関係者は驚いた。特に後者は、世論調査で持ち出される青木幹雄元官房長官が唱えた「青木の法則」(内閣支持率と自民党支持率の合計が50%を切れば政権維持が危険水域)の適用寸前(27.8+29.0=56.8%)である。
だが、これで終わらなかった。東日本大震災級の衝撃第3波が岸田政権を襲ったのである。読売新聞・日本テレビ(NNN)合同調査(17~19日)の結果だ。支持前月比10㌽減の24%、不支持13㌽増の62%。さすがに30%割れを予想していた筆者もこの数字には魂消た。朝日新聞調査(18~19日)も厳しい結果が出た。支持前月比4㌽減の25%、不支持5㌽増の65%だ。因って、現時点で主要メディア10社の世論調査中で、辛うじて支持率30%台を維持するのは日本経済新聞・テレビ東京合同調査(同24~26日)のみで30%。だが次回調査で「20%台クラブ」入りは必至だ。それにしても、一連の調査から気づくのは「内閣支持率の低さ」というよりも「不支持率の高さ」である。なぜ、かくも不支持率が高まっているのだろうか。一にかかって、岸田政権の一丁目一番地である総合経済対策への不満爆発ということである。9月中旬ごろまでにSNS上で「岸田政権イコール防衛・子育て増税」の印象が定着。流行語になった「増税メガネ」がそれを象徴する。▶︎
▶︎こうした中で、岸田氏が「減税」を盛り込んだ乾坤一擲の経済対策であれば必ずや支持率は上向くはずと考えたが、民意を大きく見誤った。それは先の共同通信調査に窺える。1人当たり年4万円の所得税、住民税の定額減税と、非課税の低所得世帯に一律7万円を給付することを「評価しない」と回答した人が62.5%に達した。さらにその理由を聞くと、「今後、増税が予定されているから」が40.4%、「経済対策より財政再建を優先するべきだ」は20.6%だった。この数字は重たい。そして世論調査に丁寧に回答する人はその殆どが投票所に足を運ぶ有権者だからだ。要するに、世論調査結果は国民の問題意識を的確に反映していると理解すべきであり、有権者は「減税が政権の人気取り」だと看破しているのである。肝心なのは、「聞く力」を自負する岸田氏がこうした国民の声を受けて、はたしてこれまで説得力ある説明を行ってきたのかどうかだ。
どうやら「「語る力」というか、「発信力」不足のようである。所信表明演説で「経済、経済、経済」と3連呼した岸田氏だが、同じ3連呼で人気者だった映画評論家の故淀川長治の「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ」を引き合いに、永田町では来年9月の総裁任期切れ前の退任説が流布されるまでになった。では、その可能性はあるのか。結論を先にいえば、答えはノーだ。岸田氏の求心力低下は否めないが、現状では自民党内で「岸田降ろし」の動きは顕在化していないからだ。
それでもその兆しはある。高市早苗経済安全保障担当相が11月15日、来年秋の自民党総裁選出馬を視野に入れた勉強会「『日本のチカラ』研究会を立ち上げて、初会合を国会内で開いた。奈良県選出の高市氏は先述の「奈良の柿」PRレディの表敬訪問に同席してた。会合には安倍、麻生、茂木、森山派などから衆参院議員13人が出席(高市氏を含め無派閥5人)。党内から「この時期に現職閣僚が勉強会を結成するのは不謹慎」という批判の声が上がるが、当人は馬耳東風の構えだ。岸田政権周辺や党内がきな臭くなってきた。党内非主流派の二階俊博元幹事長率いる二階派、菅義偉前首相を中心とする菅グループ、森山裕総務会長の森山派などに加えて、最大派閥・安倍派の一部が加藤勝信元官房長官(茂木派)を擁立する構想である。二階、菅、森山、加藤各氏は菅政権の要路を占めた人物だ。同構想に二階氏側近の武田良太元総務相、安倍派の萩生田光一政調会長も関与しているという。確かに岸田首相の前途は容易ではない。最後に筆者恒例の一句を岸田氏に返したい。「昨日より 今日むさぼりぬ 次郎柿」(石田波郷)。