11月下旬、米ジョンズ・ホプキンス大学高等国際関係大学院(SAIS)ライシャワー東アジア研究所のケント・カルダー所長が来日、東京・内幸町の日本記者クラブで講演した。久しぶりにおめにかかり、スピーチを拝聴する機会があった。ワシントンで「SAIS」の愛称で知られる同大学院で日本から中国まで東アジア全般を研究し教鞭をとるカルダー氏だが、とりわけ日本との関係は長く且つ深い。
最近の一例を挙げる。岸田文雄首相は今年1月の訪米で、ジョー・バイデン大統領との会談後、SAISで講演を行った。東西冷戦最中の1983年5月に中曽根康弘首相(当時)が講演して以来、現職首相のSAISでのスピーチは40年ぶり。中曽根氏以来の岸田氏講演が注目されたのには理由があった。講演会場がSAISニッツェ校舎だったことだ。ドイツ政府が97年に冷戦の平和的終結の象徴として寄贈した「ベリンの壁」が、冷戦期に核戦力・軍備管理政策を推進したポール・ニッツェ元米海軍長官に因んで名付けられた校舎内の正面に飾られている。原爆被災地・広島選出であり核軍縮・不拡散に取り組んできた岸田首相の米国での講演会場としてSAISが相応しいと考えたのは他ならぬカルダー教授だった。▶︎
▶︎この計画は外務省の河邉賢裕外務省北米局長(当時・現総合外交政策局長)が共有し、準備を進めた。カルダー氏も昨年後半から度々来日し、官邸では嶋田隆首相首席秘書官と協議を重ねたという。要は、SAISでの岸田講演の言い出しっぺがカルダー氏ということなのだ。
次は、肝心なカルダー氏の講演の内容。日本語の読み書きに何ら問題ない同氏だが、演題「中国最新情勢」がセンシティブに過ぎるということから講演は英語で行われた。筆者が同氏講演で興味深く聴いたのは主題と密接な台湾問題であり、紛糾が続く米議会との関係についての言及である。カルダー氏は、来年1月の総統選で与党民進党の頼清徳副総統が勝利したとしても、中国が直ちに武力侵攻する可能性は低いとした。だが、サイバー攻撃などの攪乱工作、政情不安を企図する情報戦を仕掛けるとみる。
そして、中国に対し戦争前夜のような認識を持つ議員が増えた米議会の下院「台湾コーカス」(親台湾派議員連盟)メンバーが民主、共和党合わせて151人に達する(上院32人)。一方、米国政治に多大な影響力を持つ「イスラエル同盟コーカス」は下院23人に過ぎない。この一点を以てしても、台湾有事に対する米国の危機感が理解できる。