岸田文雄首相は自民党派閥の政治資金パーティーを巡る政治資金規正法違反事件で,一昨年10月の政権発足以来未曽有の窮地に陥っている。
だが,首相周辺によると「肝が太いのか,胆力があるのか本人は全くめげていない」というのだ。岸田に「聞く力」はあっても「感知力」がないし「鈍感力」もあるとの突っ込みが入りそうだ。その岸田に政権維持の気概があるにせよ,来年1月26日の第213回通常国会召集前に自民党安倍派(清和会)と二階派(志帥会)の裏金疑惑に斬り込んだ東京地検特捜部(伊藤文規部長)の捜査は終結する。今年4月に特捜部長に就任した伊藤は記者会見で「正直者が馬鹿を見る社会ではなく,公正公平な社会にしていきたい」と語った。その伊藤が兄事してきた森本宏最高検刑事部長(元特捜部長)が総指揮を執る政治資金パーティー収入を裏金化していた疑惑捜査の行く末は別稿に詳述しているので,
ここでは少々異なる視点から論考する。先ず,派閥に所属するメリットは「ポストとカネ」である。衆参院議員99人を擁する最大派閥の清和会は福田赳夫元首相が創設し,もともと福田系と安倍(晋太郎元幹事長)系の二つの系譜がある。そして2000年からほぼ四半世紀,日本の政治は「清和会支配」が続いてきた。旧民主党を除く首相のうち4人(森喜朗→小泉純一郎→安倍晋三→福田康夫→安倍)が清和会であり,首相の在任期間にして8割を占める。とりわけ「安倍1強」と言われた頃に資金も所属議員の数も急増し「ヒトとカネ」のバブル期を謳歌した。まさに安倍派全盛時代である。その安倍派が今回,特捜部の主たる標的となり,今や最大派閥が空中分解して二つか三つのグループになる可能性が指摘されている。▶︎
▶︎実は,安倍自身は首相退陣後の2021年11月に派閥会長に初めて就任,同派が適正規模を遥かに超える100人に迫ったことに危惧を抱くようになり,さらに翌22年の派閥パーティーを5月に控えた4月には当時の事務総長だった西村康稔前経済産業相に対し長年継承してきた裏金化の廃止を指示していた(『朝日新聞』23日付朝刊も報道)のは事実である。だが,7月8日に安倍暗殺事件が発生したことで翌月に事務総長も西村から高木毅前国対委員長に代わり,9月にはキックバック分は従来通り裏金として現金で各議員に渡された。歴史の皮肉もある。88年6月に発覚した「リクリート事件」後の94年に政治資金規正法一部改正の政党助成法を含む政治改革四法が成立。
ところが,小泉政権下の04年7月に「日歯連ヤミ献金事件」(日本歯科医師連盟が当時の最大派閥の橋本派・平成研に小切手1億円を献金,それを同派が裏処理していた)が発覚した。同事件を受けて危機感を強めた自民党は9月,当時の安倍幹事長代理(7月の参院選敗北で幹事長から降格)を中心とする党改革検証・推進員会事務局が「党改革アクションプラン」をまとめた(事務局長・塩崎恭久元官房長官,同次長・世耕弘成前自民党幹事長)。そのプランには何と以下のように記述されている。<政治とカネについては,党から議員への現金手渡しの慣行(いわゆるモチ代,氷代)を廃止する。現金手渡しなどというのは余りにも前近代的な慣行である。(中略)政治とカネの問題については,インターネットによる党及び所属議員の政治資金収支報告書の公開,政治資金を現金や小切手で受け取ることの禁止,収支報告の際の残高証明添付義務付け,政治家個人への政策活動費の支給の廃止>。現在,還流された裏金の使途として多くの議員が挙げる「政策活動費」の支給廃止を打ち出していたのだ。こうした一連の党改革を進めていたはずの安倍が,20年後の今パー券収入の還流・裏金疑惑の首謀者視されているのである。これこそ歴史の皮肉である…(以下は本誌掲載)申込はこちら