昨年末の12月30日付前回コラムで、明治、大正時代に大阪を舞台に活動した俳人、松瀬青々の「人間の 行く末おもふ 年の暮れ」を引いた。激動の辰年初っ端の今回は、時代を駆け足で昭和、平成まで下って見つけた、やはり大阪出身の女性俳人、桂信子の一句から始めたい。「火噴く山 西に東に 年明くる」――。
元日の能登地方を震源地とする「令和6年能登半島地震」(政府が付けた名称)と2日に羽田空港で発生した日本航空(JAL)機と海上保安庁機の衝突事故、すなわち天災と人災の同時発生は「政変の辰年」の予兆と思わざるを得ない。平たく言えば、これから岸田政治は大波に揺れながらも航海を続行できるのか、それとも暴風雨の中で沈没するのか、最大のポイントである。第213回通常国会の召集は26日。野党各党は衆参院予算委員会で、「政治とカネ」問題の追及に手ぐすねを引いている。自民党最大派閥安倍派(清和会)の5人衆や同派元会長の森喜朗元首相らの証人喚問や参考人招致をめぐって応酬が予想される。いわゆる「大荒れ国会」必至の情勢にある。2024年度政府予算案審議は「各駅停車」のノロノロ運転か、電気系統の故障で「急停車」(=審議ストップ)を余儀なくされよう。換言すると、岸田文雄政権が景気の底上げのエンジンと位置付ける同予算の年度内成立が危うくなるということだ。それ故に雑誌メディアが盛んに報じる予算成立と引き換えに首相退陣もやむなし、という「予算成立花道論」が浮上する。
先例はある。1988年6月18日に発覚したリクルート事件(東京地検特捜部が同社創始者の江副浩正氏が政・官・財界工作としてリクルートコスモス未公開株を譲渡した案件を贈収賄容疑で摘発した)だが、翌年4月25日、当時の竹下登首相は退陣表明に追い込まれた。同事件捜査の政界ルートで、藤波孝生元官房長官が受託収賄罪で在宅起訴(後に有罪確定)、宮澤喜一前蔵相、安倍晋太郎前自民党幹事長、加藤六月元農水相の秘書・会計責任者4人は政治資金規正法違反で略式起訴された。では、安倍派の政治資金パーティーを巡る政治資金規正法違反事件(パー券収入の裏金化)で、東京地検特捜部に同法違反(虚偽記入)容疑で7日に逮捕された池田佳隆衆院議員をはじめ立件が確実視される大野泰正参院議員、谷川弥一衆院議員の先行きはどうなるのか。▶︎
▶︎次の関心は、4000万円以上の高額な還流を受けていた3人以外の同派幹部のうち誰が還流分の裏金化を指示していたのかに移る。時効のかからない直近5年間の安倍派会長である細田博之前衆院議長と安倍晋三元首相が鬼籍に入った今、歴代の同派事務総長の松野博一前官房長官、西村康稔前経済産業相、高木毅前国対委員長に注目が集まる。中でも「キックバックを廃止するのではなく、個人のパーティー券の収入として処理すればいい」と提案したとされる西村氏が“本命”と見られている。だが、資金の還流状況は派閥事務局長(会計責任者)から会長に直接報告される「会長マター(案件)」だったと事務総長経験者が供述していると報じられた(毎日新聞11日付朝刊)。まさに「死人に口なし」ではないか。
いずれにしても、立件される高額キックバック享受議員の略式起訴、在宅起訴は間違いない。加えて同派幹部に捜査のメスが及んだ場合、その3人+アルファの議員辞職による4月後半にも衆院・参院補欠選挙が実施される。これまた岸田氏には悩ましい。果たして岸田内閣総辞職はあるのか。1月の新NISA(少額投資非課税制度)導入をはじめ、3月の春闘でそれなりの賃上げが実現し24年度予算成立も叶い、6月の所得税定額減税の実施などから4月半ばには株価が上昇し、為替も円安基調で安定するとの見方が支配的だった。ところが岸田氏に嬉しい誤算と言うべきか、早過ぎたのかは別にして11日に東京株式市場の日経平均株価の終値は前日比608円14銭高の3万5049円86銭だった。1990年2月以来、33年11カ月ぶりの高値となったのだ。こうしてみると、岸田氏にとって辰年中唯一とも言える衆院解散・総選挙のチャンス到来となる。悪評芬々だった総合経済対策を逆手にとり選挙向けの一時的宣伝効果が期待できる。
もちろん、返り血を浴びて惨敗し野党に転落する可能性はゼロではない。だがこの好機を逃すと、9月の自民党総裁選までの「敗戦処理投手」になりかねないと、乾坤一滴の「派閥解消」の旗を掲げての解散に踏み切るのではないか。11日に発足した自民党政治刷新本部の人選は興味深い。本部長・岸田総裁以下、最高顧問・麻生太郎副総裁、本部長代行・茂木敏充幹事長、同代理・森山裕総務会長ら4人の派閥領袖を含む38人のメンバー中3分の1弱の10人が安倍派議員(うち6人が当選3回以下の女性議員)なのだ(最高顧問・菅義偉前総裁ら無派閥は8人)。これをどう読み解くのかが、キーである。