自民党政治刷新本部(本部長=岸田文雄首相・総裁)は1月25日、派閥の政治資金パーティーを巡る裏金事件を受けた党改革の中間とりまとめ案を決定、同日の臨時総務会で了承された。自民党最大派閥の安倍派(清和会)、二階派(志帥会)、岸田派(宏池会)が2018~22年の5年間にパーティー券収入を裏金化していたことを、東京地検特捜部が政治資金規正法違反容疑(不記載・虚偽記入)で立件、19日に安倍派の衆参院議員3人と会計責任者、二階派の二階俊博元幹事長秘書、元会計責任者と岸田派の元会計責任者が起訴(在宅・略式)された。そうした中で岸田首相は18日夜、官邸詰め記者団にぶら下がり会見で「岸田派解散」を表明した。
この間、岸田氏を支えてきた麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長を含む自民党執行部にとって寝耳に水の首相発言であり、自民党内に激震が走った。特に麻生氏は同日夜遅く岸田氏の携帯電話を鳴らし「こちらは逮捕も起訴もありませんから、派閥を続けますよ」と伝えたほど、強い不快感を隠さなかった。このように自民党存続そのものを脅かしかねない中、政治刷新本部が示した党改革案には①派閥パーティーの全面禁止、②派閥収支報告書に外部監査導入、③国会議員にも責任が及ぶ政治資金規正法改正の検討、④各派閥からの閣僚名簿作成や働きかけの禁止―などが盛り込まれた。平たく言えば、派閥を「政策集団」に衣替えさせた上で「カネと人事からの決別」を謳ったのだ。だが、派閥の解散言及はもとより派閥資金を管理する政治団体の解散に踏み込まなかった。世上の関心が集中した派閥解散が見送られたのは、岸田氏が19日午前に「宏池会を解散すると申し上げたが、他の派閥のありようについて何か申し上げる立場にない」と述べ、麻生氏の言い分を容認したことから、その帰趨は容易に予測できていた。
それでもなお、麻生氏は岸田氏から事前の相談・通告がなかったことへの怒りは消えていない。21年10月の政権発足以来、岸田氏が麻生、茂木両氏を頼りとする「三頭政治」の下で幾多の政局危機を乗り切ってきたのは如何ともしがたい事実である。▶︎
▶︎それ故に、今後の岸田政権の先行きを見通す上で麻生氏の存在を無視できない。1月9~13日に訪米した麻生氏は、首都ワシントンでカート・キャンベル米国家安全保障会議(NSC)インド太平洋調整官(次期国務副長官)、ウィリアム・ハガティ上院議員(共和党・元駐日米大使)、共和党系ロビイストのロイ・ファウチ氏らと会談した。ニューヨークではジョン・“ジェイ”ロックフェラー4世と長男のジョン・D・ロックフェラー5世とも会談している。実は、麻生氏訪米はドナルド・トランプ前大統領の娘婿のジャレッド・クシュナー元大統領上級顧問がロックフェラー5世を介して要請したとされる。「トランプ大統領」の可能性が現実味を帯びるなかで、今後の岸田氏にとって良かれと思い、トランプ側とのパイプづくりのため訪米したことになる。
ここで筆者が想起するのは1996年7月の加藤紘一自民党幹事長の訪米だ。当時のクリントン民主党政権に「日本の次世代リーダー」と評価された同氏は破格の厚遇を受けた。米議会有力者との昼食会、政権高官との夕食会、シンクタンクの日本専門家との朝食会、ウィリアム・ペリー国防長官との会談なども然る事ながら、注目したのは同24日のヘンリー・キッシンジャー元国務長官主催の夕食会だった(ニューヨークの同氏邸宅)。同席者リストにウォールストリート・ジャーナル編集長、ABC放送会長、CNN副社長、USニュース&ワールドレポート誌会長ら米メディア重鎮と共に経済人として唯一人チェースマンハッタン銀行のデービッド・ロックフェラー国際諮問委員長の名前があったことだ。加藤氏は翌日午前、同州ポカンティコのロックフェラー邸にも招待された。因みにデービッド・ロックフェラー氏(2017年3月逝去)は先のロックフェラー4世の叔父である。そして加藤氏訪米に同行したのは、衆院から鞍替え直後の塩崎恭久参院議員と当選1回生だった岸田文雄衆院議員である。加藤氏が、英語が堪能な2人を指名したのだ。麻生氏がロックフェラー人脈を通じてトランプ・アプローチを試みたと聞かされた時、岸田氏はこの96年訪米を思い出したのか、筆者は知らない。
だが、麻生氏の怒りを鎮めなければ、今後の政権運営に支障を来たすことだけは理解したはずだ。奇しくも25日(現地時間)、ニューヨークのセントラルパークに隣接するユダヤ教エマニュエル寺院で昨年11月に亡くなったキッシンジャー氏の追悼式が催された。因みに参列者の中にビル・クリントン元大統領と国務長官経験者3人の他、唯一の日本人として秋葉剛男国家安全保障局長が目撃されている。これを如何に解釈すべきだろうか。