現在の岸田文雄首相の心境は「人生山あり谷あり」なのか、それとも「一難去ってまた一難」なのか――。岸田氏は、衆参議院予算委員会集中審議での答弁だけでなく、現職首相として初めて衆議院政治倫理審査会に出席し答弁する羽目となった。改めて指摘するまでもなく、政倫審は原則非公開である。
しかし、今回は首相側の申し出によって国会議員、報道関係者の傍聴(テレビ中継を含む)を認める全面公開となった。自民党が直面する事態はそれほどまでに深刻なのだ。安倍派(清和政策研究会)や二階派(志帥会)の政治資金パーティー券収入の裏金化事件についての当該政治家の弁明や説明を聞いて納得する有権者はほとんどいない。それどころか、国民不信が強まる一方だ。それは報道各社の世論調査に如実に表れている。岸田氏が3月8日の参院予算委員会に出席した直後の共同通信調査だが、見落としてはならいな数値がある。政党支持率だ。自民党前回比7㌽減の24.5%、公明党0.5㌽増の4.1㌽、立憲民主党1.1㌽増の10.1%、日本維新の会0.5㌽減の8.9%、共産党1.1㌽増の4.7%、国民民主党0.6㌽増の3.1%、教育無償化を実現する会0.1㌽増の1.5%、れいわ新選組0.8㌽増の4.3%、社民党0.3㌽減の0.4%、参政党0.1㌽増の0.9%、その他0.4㌽減の2.6%。自民党支持率と、立民・維新・共産など全野党の支持率を足した数値を比較する。自民24.5%vs.野党36.5%。これまでの世論調査では、自民支持率が全野党支持率を大幅に上回ることが常態化していた。今や全野党で臨めば自民に12㌽の大差をつけるのだ。一連の「政治とカネ」疑惑の中、自民支持層の「自民離れ」現象が急速に進んでいるのだ。 3月5日、自民党が発表した「令和6年党運動方針案」(A4判25枚)にその危機感が見て取れる。同案の「前文」には、注目すべき次のような記述がある。「政策集団の不透明、不適切な会計処理により、自民党全体に国民の厳しい目、強い疑念が向けられている。今回の一連の事態が生じたことについて、真摯に反省するとともに、国民に深くお詫び申し上げる。
……全く新しく生まれ変わる覚悟で、解体的な出直しを図り、信頼回復に向けた取組みを進めていく。政策集団が『お金』と『人事』から完全に決別することにより、これまでの『派閥』からの脱却、党則、党規律規約、ガバナンスコードの改訂によるコンプライアンスの強化など、運用面の改革を進める」。要は、派閥を復活させないと宣言したのだ。
それだけではない。森山派(近未来政治研究会)を率いた森山裕総務会長は同日の記者会見で、政治資金問題をめぐる所属議員の処分(除名・離党勧告・党役職停止)を17日に開催される党大会までに行う意向を示した。 同運動方針案には「各党会派との真摯な協議を経て、政治資金規正法改正などの法整備を行う」とも記されている。▶︎
▶︎事実、岸田氏は2月14日の衆院予算委員会集中審議で、自民党派閥の政治資金規正法違反事件を受け、同法違反で会計責任者が逮捕・起訴された場合に議員本人にも処分を科せるよう党則・規律規約を改正すると答弁していた。そして首相が出席した3月7日の自民党政治刷新本部の会合で、運動方針案は了承された。まさに「ピンチはチャンス」を地で行こうとしているのだ。岸田氏が「宏池会(岸田派)解散する」と発言した(1月18日)に強く反発した麻生太郎副総裁は依然として麻生派(志公会)維持の姿勢を崩さない。両氏の間に隙間風が吹くようになったとの指摘もあるが、それでも麻生氏を気遣う岸田氏は今もなお政策判断の節目で必ず事前の了解を求めることに変わりがない。
一方、永田町の関心事はもはや修復不能とされる茂木敏充幹事長との関係である。「年度内の2024年度予算成立」を政権の最重要課題とする岸田氏は、異例の3月2日“土曜日国会”で政府予算案の衆院通過を掌中に収めた。だが難航した与野党協議の過程で茂木氏の存在感は希薄だった。というよりも、あえて火中のくりを拾わなかったのである。自民党ツートップの関係が修復不能では機能不全といわれても仕方がない。それゆえに岸田氏を頂角、麻生、茂木氏を底角とする二等辺三角形の「三頭政治」が終焉を迎えた。かつて最大派閥を誇った安倍派が「政治資金の裏金化」の元凶とされて解散に追い込まれる中、同派の将来を託された「5人衆」(松野博一前官房長官、西村康稔前経済産業相、高木毅前国会対策委員長、萩生田光一前政務調査会長、世耕弘成前参院幹事長)の影響力低下は否めない。さらに追い打ちをかけるかのように党執行部は同派幹部処分の方針を明らかにした。これは岸田官邸の強い意志を反映したものだ。
では、岸田政権維持戦略とはいかなるものなのか。外交日程では4月の国賓訪米(9~14日)、5月の大型連休中の南米ブラジル、パラグアイ公式訪問と仏パリでの経済協力開発機構(OECD)閣僚理事会演説がある。そして米ワシントン訪問前に大々的に「デフレ完全脱却宣言」を行い、日本経済回復の証し(大幅賃上げ実現と日経平均株価の史上初の4万円突破)を手土産に日米首脳会談に臨む腹積もりだ。何と言っても最大の関心事はその先の政局動静であり、岸田氏が通常国会会期中に衆院解散・総選挙に踏み切るのか。想定されるシナリオは①東京都知事選挙とのダブル選挙(6月25日公示・7月7日投開票)、②衆院単独選挙(7月9日公示・21日投開票か、同16日公示・28日投開票)、③党内からの反発に抗しきれず解散見送りで9月の総裁選挙実施(岸田氏事実上の再選断念か)――。やはり、岸田氏の今後は「山あり谷あり」になりそうだ。