5月13日夕、首相官邸で「グリーントランスフォーメーション(GX)実行会議」(議長・岸田文雄首相)が開催された。 岸田政権は脱炭素社会の実現に向けて日本の産業構造の大転換を視野に入れた新たな国家戦略の策定を目指している。 この国家産業戦略の達成目標は2040年を想定しており、「GX2040ビジョン」と名付けられた。同ビジョンは①エネルギー②GX産業立地③GX産業構造④GX市場創造――の4つの柱で構成され、2024年度内に策定する。
具体例で説明しよう。先ず①エネルギーでは、DX(デジタルトランスフォーメーション)の進展によって電力需要増加の規模やタイミングの正確な見通しが立てづらい状況下で、(1)脱炭素電源投資促進と電力供給するための送電線整備(2)水素・アンモニアなどの新たなエネルギーの供給確保(3)化石燃料・設備の維持・確保―が求められる。次の②GX産業立地は、脱炭素電源、送電線の整備状況や、新たなエネルギーの供給拠点等を踏まえた産業立地の在り方を論議するということである。その方向性は脱炭素エネルギー適地・供給拠点や、地方ごとのGX産業集積のイメージを示したうえで投資の予見可能性向上に関するものだ。
そして③GX産業構造は極めて重要である。経済安全保障上の大きな環境変化を念頭に同盟国・同志国各国の強みを生かしたサプライチェーン強化の在り方の論議を深め、国内では中小企業を含め強みを有する国内産業立地の推進や、次世代技術によるイノベーションの具体化、社会実装加速の方策を探ることだ。キーとなるのは国際競争に勝ち抜くために官民での大胆・実効的な国内投資・イノベーションの促進だ。最後の④GX市場創造は、カーボンプライシングの詳細制度設計を含めた脱炭素の価値が評価される市場造りのことである。GX価値の補助制度・公共調達での評価、AZEC(アジア・ゼロエミッション共同体)などと連携したCO2計測やクレジット等のルール作りを通じた市場創造なのだ。▶︎
▶︎こうしたフレームワークに沿って上述の論点を議論するというのである。6月には有識者からなる「GX2040リーダーズパネル」を設置し、そこでの論議を深めることで先の「ビジョン」に繋げる構えだ。
そして今年度内にエネルギー基本計画・地球温暖化対策計画を改定する。実際、GX実行会議翌々日の15日、経産省内で中長期的なエネルギー政策の指針となる「第7次エネルギー基本計画(エネ基)」の策定に向けて齋藤健経産相が主宰した有識者会議(高村ゆかり東大未来ビジョン研究センター教授ら16人)が開かれ、具体的な議論がスタートした。新聞各紙(16日付朝刊)の見出しからも、その議論の熱量の高さが窺える。「電力の安定確保 課題―脱炭素電源の拡大 カギ、基本計画見直し」(読売)、「電力需要一転増加の想定―データセンターや半導体工場増 理由に」(朝日)、「電源構成、脱炭素急ぐ―40年度エネ計画着手」(日経)、「『原発』『再エネ』国の命運―エネルギー基本計画見直し着手、電源構成の目標焦点」(産経)。各紙見出しを並べただけでも分かるように、「脱炭素」は別にしてキーワードは「電力需要増加」と「電源構成(エネルギーミックス)」である。と同時に、各紙本記を読み比べると脱炭素とエネルギー安全保障の観点から電源構成のうち原子力発電活用評価に温度差があることも知れる。「朝日」と「産経」の社論の違いが改めて浮き彫りとなった。
それはともかく、岸田政権は既に昨年2月の閣議で原発の再稼働、建て替え(リプレース)と次世代原発の開発・建設の推進を決定している。政府方針を大転換したのだ。先述の「GX2040リーダーズパネル」は6月以降、岸田首相らGX関係閣僚とアジェンダごとの分科会の有識者と議論を進めていくことになる。10年間で官民150兆円超のGX投資が見込まれると言われてきた。だが、この脱炭素戦略の長期ビジョン作成が企図するのは一にかかって国内産業の競争力強化に尽きる。換言すれば、長期ビジヨンを示さなければ民間の巨額投資を引き出せないということである。経産省のGX政策エリートに期待したい。