「岸田さん本人のブラックボックス感が強まっている」――。 岸田文雄首相が腹の底で何を考えているのかを掴めない首相周辺から聞こえてくる愚痴である。口さがない永田町すずめはそうした岸田氏を「行き当たりばったりの人」と言う。岸田氏は本当にその場しのぎの宰相なのか。筆者の評定は少々異なる。想起すべきは、この間の政治資金規正法改正の与党案を巡り、難航した自民、公明両党協議のプロセスである。それこそ岸田氏の腹は決まっていた。当初から自民党案の出口は決まっていた。立憲民主党など野党が強く求める企業・団体献金と政治資金パーティー開催の禁止は絶対にのまない。
この2条件を堅持して公明党との実務者協議に臨んだ。 それでも公明党案①使途を明らかにする義務のない政策活動費の全面透明化②現行20万円超の政治資金パーティー券の公開基準額を5万円超に引き下げ―を拒否、10万円超と明記した独自案を単独で国会に提出した。これにより「『追い込まれ』単独提出、規正法改正案―自民、公明の強硬姿勢誤算」(読売新聞の見出し)などと報じられた。 はたして自民党は公明党(山口那津男代表)に追い込まれたのだろうか。岸田氏は自公協議の行き着く先を見切っていた。確かに、誤算はあった。それは公明側責任者が高木陽介政務調査会長の体調不良で石井啓一幹事長に代わったことだ。次期衆議院議員選挙で「10増10減」の埼玉14区から立候補する同氏の選挙態勢が不十分なため自民との協議に傾注できなかった。それだけではない。 仮に早期解散・総選挙となると、公明側には金城湯池とされた大阪4、兵庫2選挙区の現有6議席が日本維新の会(馬場伸幸代表)に奪取される懸念があった。
要するに、同規正法改正案の5月末衆院通過に固執する岸田氏は公明が土壇場で自民案に譲歩すると確信していたのだ。冷静に思い起こしてみると一事が万事そうだった。そもそも自民党派閥の政治資金規正法違反(裏金)事件に端を発した「政治とカネ」の問題は政権党を大きく揺るがした。ピークは2月だった。 当時の世論調査を振り返える。NHK調査(10~12日実施):内閣支持率前月比1.3㌽減の25.1%、自民党支持率0.4㌽減の30.5%。朝日新聞(17~18日):内閣支持率2㌽減の21%、自民支持率3㌽減の21%。共同通信(3~4日):内閣支持率2.8㌽減の24.5%、自民支持率1.8㌽減の31.5%。▶︎
▶︎ここに至る過程で岸田氏は先手を打っていた。年初の1月7日、東京地検特捜部は安倍派の池田佳隆衆院議員らを政治資金規正法違反容疑で逮捕した。そして同18日夜、官邸詰め記者団に岸田派解散を検討していると発言、党内は騒然となった。自派閥の林芳正内閣官房長官、最側近の木原誠二幹事長代理らごく少数を除き麻生太郎副総裁、茂木敏充幹事長ら他派閥領袖など有力者への事前の相談・通告もなかった。この派閥解散発言を「岸田サプライズ」第一弾とすると、第二弾は衆院政治倫理審査会(政倫審)出席である。岸田氏は翌月28日午前、自民党不信が高まる中、安倍派幹部が出席を渋り開催が難航していた政倫審に自らがマスコミにフルオープンで出席すると表明、そして翌29日に出席した。これも自民党の国会対策責任者の浜田靖一国対委員長には青天の霹靂の首相決断だった。現職首相の出席は初めてである。この一手で流れは決まった。安倍派座長の塩谷立・元文部科学相、同派事務総長経験者3人と二階派事務総長の武田良太元総務相の出席が同29日と3月1日に全面公開で実現した。相次ぐ首相決断は党内に波紋を招き、「岸田パフォーマンスにすぎない」と罵倒された。
しかし改めて検証してみると、政倫審出席も2024年度予算案審議の遅れを懸念した岸田氏がひそかに切り札として準備し、今や党執行部で存在感を増した森山裕総務会長に耳打ちしていたことが確認できた。第三弾は4月4日の安倍派と二階派議員39人の処分決定だ。中でもキックバックの扱いを協議した安倍派幹部のうち座長を務めた塩谷氏と参院側責任者の世耕弘成前参院幹事長を離党勧告に処したことだ。予想以上の厳しい処分。世耕氏は同日に離党し、スピード処分を国民に印象づけた。手際が良すぎる。最大派閥を壊した上で「自民党再生」の大義を掲げて無派閥化したのだ。岸田流サプライズの第四弾として目指すのが、第213回通常国会会期中の規正法改正成立だ。しかも会期延長なし成立を企図する。筆者は一時期、6月23日会期末前の衆院解散説に拘泥した。それは東京都知事選とのダブル選挙であり、6月11日衆院解散・6月20日公示・7月7日投開票の見立てであった。この同日選説が与野党を浮き足立たせた。
正直、これまた乗せられた感が拭えない。そこで政治家・岸田文雄をじっくりと観察してみた。同氏には肉体的かつ精神的に驚くほど強靱、というより「タフ」という言葉がピッタリ合う。一例を挙げれば、国賓待遇による4月訪米(8~14日)に続くフランス・南米訪問(5月1~6日)は3泊6日の超強行軍である。昨年3月のウクライナ電撃訪問もそうだった。「タフ」故なのか、何があっても岸田氏は決してめげない。そして真夜中であっても閃きや疑問があれば瞬時、腹心・木原氏に連絡する。躊躇しない。すべてに自己チューなのだ。そこが安倍晋三元首相とは違う。まさに自身がブラックボックス化している。その岸田氏は当面の間、安倍氏三回忌の7月8日解散・23日公示・8月4日投開票の可能性を残しつつ、規正法改正成立に全力傾注する構えである。