久しぶりに目にしたその新聞広告には「JPモルガン・アメリカ成長株ファンド(愛称:アメリカの星)―様々なマーケットの局面を経験した投資戦略」というキャッチコピーが躍っていた。日本経済新聞(3日付朝刊)の文化欄に掲載された資産運用と時価総額で米銀最大手のJPモルガン・チェース傘下JPモルガン・アセット・マネジメントが出稿した米国株推奨の広告である。今回は同紙5月17日付(32面)、23日付(36面)、6月3日付(32面)の3回掲載だった。因みに前回も2023年9月25日、10月12、26日の3回。同社7~9月期決算は35%増益の131億㌦(1兆9500億円)の絶好調時であった。
最近、米欧メディアでは資産運用・富裕層ビジネスに攻勢を強めるJPモルガンに関する記事が目立つ。とりわけ、同社のジェイミー・ダイモン最高経営責任者(CEO)の言動に世界中の機関・個人投資家が注目する。景気後退とインフレが同時進行するスタグフレーションを懸念するダイモン氏は今年4月8日に株主に当てた年次書簡(58頁)の中で、人工知能(AI)を中心とする24年のテクノロジー分野への投資を170億㌦(2.6兆円)と前年比15億㌦増やし、AIの活用を通じた生産性や競争力の向上を目指すと述べている。
実はJPモルガンとモルガン・スタンレー(MS)は現在、直接的な関係はない。だが歴史を遡れば「同根」と言える。ジョン・ピアポント・モルガンが19世紀末に金融事業会社JPMorgan & Companyを設立した。その後、1929年の世界恐慌により制定されたグラス・スティーガル法(銀行・証券分離)によってJPモルガンは市中銀行の道を選び、分離された証券・投資部門がモルガン・スタンレーとなった。この経緯・歴史は、筆者が先日読み終えた板谷敏彦氏の新刊『国家の命運は金融にあり―高橋是清の生涯』(新潮社上下巻)に詳しい。1904年の日露戦争勃発による戦費捻出のための日本公債発行で当時のモルガン商会から多大な支援を受けたのだ。それは措いて次はモルガン・スタンレーである。岸田文雄首相が5月22日、東京・六本木のザ・リッツ・カールトンホテル東京で開かれた同社の投資家向けイベントに出席・演説した。
その後、英紙フィナンシャル・タイムズ(5月31日付)はレオ・ルイス記者の長文記事「今、日本は買い時か?(Is now the time to buy Japan?)」を掲載した。その中に次のような件がある。▶︎
▶︎《(そのイベントに出席した)岸田首相は「日本は新たな成長経済に移行します。この好循環を金融面で支えるため資産運用立国の構築を強力に推進している」と述べた。このプロセスが順調に進み、日本の個人投資家(所謂「ミセス・ワタナベ」)が東証株式投資に積極的になれば、市場価値は明らかに上昇する。モルガン・スタンレーの試算によると、TOPIX指数の現在の株価収益率は17倍で、2030年末までに「通常」で20倍、「強気」で22倍に上昇する可能性がある。
「なぜ今回は違うのか?(Why is this time different?)」というのが、数日後の投資グループの会議で発出された質問だった》。 この「This time is different」がキーワードだ。<日本株の上昇は「今回は違う」と表現する際の英語である>と、日経新聞(4日付朝刊)は解説する。先の岸田氏演説に対する外資系証券の日本ストラテジストの質問にこの表現があった。岸田氏は22年5月、英ロンドンの金融街シティで講演した際に「Invest in Kishida(日本に投資して欲しい)」と聴衆に呼びかけた。以来、あらゆる機会を通じ、人脈を介して日本投資を促すべく自らが「資産運用立国」セールスの先頭に立ってきたのだ。そして手応えを感じた。それは国賓待遇による4月訪米時にジョー・バイデン大統領夫妻主催の岸田首相夫妻歓迎公式晩餐会の招待者リストに表われている。同リストにある米金融機関・金融ベンチャーのトップは以下の通り。 アジェイ・バンガ世界銀行総裁、ジェローム・パウエル米連邦準備理事会(FRB)議長、ジェイミー・ダイモン(JPモルガン)、ラリー・フィンク(ブラックロック)、スティーブン・シュワルツマン(ブッラクストーン)、テッド・ピック(モルガン・スタンレー)、エイモス・ホステッター(著名投資家)――。
もちろん、招待者人選はホワイトハウスが日本側の要望を容れて作成したものである。政治資金規正法改正を巡り迷走した岸田首相は、9月自民党総裁選前の衆院解散・総選挙断念を余儀なくされたように見える。当分の間は、主要7カ国(G7)首脳会議(6月13~15日)、ウクライナ平和サミット(同15~16日)、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議(7月9~11日)など外交案件と、成長型経済実現に向けた内政の諸課題に傾注するしかなさそうだ。