6月11日夕方、首相官邸で開かれた経済財政諮問会議(議長・岸田文雄首相)で「経済財政運営と改革の基本方針(骨太の方針)2024」の原案が発表された。内閣府の木村聡政策統括官が原案取りまとめの仕切り役で、同諮問会議18時15分終了予定までのエンバーゴ付きで用意した「経済財政運営と改革の基本方針2024(案)」と題する資料(50頁)が手元にある。<第1章 成長型の新たな経済ステージへの移行>の「1.デフレ完全脱却の実現に向けて」巻頭は以下の記述で始まる。我が国経済は、現在、デフレから完全に脱却し、成長型の経済を実現させる千載一遇の歴史的チャンスを迎えている。本年の春季労使交渉では、1991年以来33年ぶりの高水準の賃上げが実現し、足下の企業の設備投資は史上最高の水準にある。
こうした前向きな動きを中小企業・地方経済等でも実現し、二度とデフレに戻らせることなく、「コストカット」が続いてきた日本経済を成長型の新たなステージへと移行させていくことが、経済財政運営における最重要課題となっている》。この原案作成の実務責任者である内閣府政策統括官(経済財政運営担当)は概ね旧経済企画庁と旧通商産業省(現経済産業省)出身者がほぼ交代で任命される。世上に「官庁エコノミスト」という言葉があるが、旧経企庁出身者を指す。現政策統括官から遡る。木村聡(1990年経産省入省)→村瀬佳史(同年経産)→林幸宏(88年経企)→多田明宏(86年経産)→新原浩朗(84年経産)→前川守(82年経企)→石井裕晶(80年経産)という継承になる。印象論も交えて言えば、時の政権の意向が「骨太の方針」に反映するのは経産出身の政策統括官時である。「安倍色」が際立ったのは安倍晋三首相当時の今井尚哉首相政務秘書官(82年経産)・新原政策統括官の強力コンビ時代だ。その「骨太の方針」に安倍色が色濃く反映したことを思い出す。▶︎
▶︎さて、今回は経産OBの木村氏が実務責任者だったが、果たして「岸田カラー」は出たのか。冒頭の日本経済の情勢分析は間違っていないが、当たり障りなくまとめただけとの声が少なくない。
その後段は次のように続く。《……現状では、物価上昇が賃金上昇を上回る中で、消費は力強さを欠いており、また、海外経済の下振れによるリスク等も残っているが、今後は、景気の緩やかな回復が続く中で、賃金上昇が物価上昇を上回っていくことが期待される。新たなステージへの移行のカギとなるのは、賃上げを起点とした所得と生産性の向上である》。岸田政権・自民党への国民不信が「政治とカネ問題」だけではなく現在の物価高騰にも起因しており、それが事実上の官製春闘による大幅賃上げ実現を相殺した現状を認めたに等しい。「賃金と物価の好循環」が想定通り進まず、上手くいっていないと“白状”したようなものだ。
翌日の新聞の見出しをチェックする。日本経済新聞(12日朝刊):「財政、拡張路線に転機―『基礎収支25年度黒字化』復活―骨太方針、金利ある世界意識」、朝日新聞(同):「財政再建 数値目標なし―『骨太』原案、将来の拡大に余地も」、読売新聞(同):「賃上げ定着 デフレ脱却―骨太の方針原案、40年頃『GDP1000兆円』―財政黒字化『25年度』明記」――。主要3紙ともに岸田首相が政権発足時に公約した国と地方のプライマリーバランス(基礎的財政収支、PB)の2025年度黒字化目標を3年ぶりに明記したことに力点をおいた記事である。日経新聞リードは「財政健全化に目配りした」と書いた。岸田首相は21年10月8日に就任後初めての所信表明演説で「財政健全化に取り組みます」と語っていた。そう、岸田氏は歴とした財政健全化派なのだ。
では、「岸田カラー」が盛り込まれたと理解すべきなのか。答えは「否」である。岸田氏には今や経済財政政策への強い思い入れがあるとは思えない。今回の「骨太の方針」原案も各省庁が持ち寄った素案を「ホッチキス化」しただけ。従って、仕切った木村政策統括官が斬り込まなかったのも宣なるかなである。時の首相の顔色を窺うのだ。