英紙フィナンシャル・タイムズ(FT、6月10日付電信版)に掲載された「Charting trade chokepoints : a how-to guide」と題された記事は同紙のグローバル・ビジネス・コラムニスト、ラナ・フォルーハー氏が書いた記事である。同記事は次のような文章で始まる。《イエレン米財務長官が2022年に初めて「フレンドショアリング」という言葉を使って以来、同盟国や友好国との間でサプライチェーン(供給網)の構築を目指すこの考え方は、大きな関心を集めてきた。これは貿易への取り組み、そして供給網の強靭さを高めるためのバイデン政権のアプローチが、トランプ前政権とはいかに異なるかを示す重要な一例だ》。英会語も流暢ではないし、読み書きも不得手である。それでも職務上、毎朝iPhoneのFTアプリで主要記事のタイトルをチェックする。
しかし筆者の関心が国際政治・経済・外交・安全保障にあるためか、著名な同紙コラムニストのラナ・フォルーハー、ジリアン・テット、ギデオン・ラックマン、マーティン・ウルフ各氏の記事に否応なく目が向く。売れ筋のコラム記事は、有難いことに提携する日本経済新聞のオピニオン欄にほぼ3日遅れとなるが全訳が掲載される。もちろん、冒頭のフォルーハー記事も日経和訳記事(14日付)で読んだのである。
本題に入る。5月下旬、筆者が絶大な信頼を置くワシントン在住の金融・財政アナリスト、齋藤ジン氏と食事を交えて長時間話をする機会を得た。この2年間余で世界地殻変動をもたらした地政学的緊張の中で、とりわけ米中戦略的デカップリングをどう捉えるべきか集中的に説明をしてもらった。 同氏のブリーフィングは概ね次の通り。《米国の対中政策、米国の消費市場の力強さ、企業によるサプライチェーン管理といった複合的な要因により、長期的には中国が世界の工場であり続けることは難しく、既に地域に根ざした「ニアショアリング(near shoring=近隣諸国へのアウトソーシング)」アプローチが増えて来ている。この「ニアショアリング」は市場原理に基づくサプライチェーンのリバランシングであるが、米国は産業政策を通じて「リショアリング(reshoring=海外に移した生産拠点を再び自国へ移す)」や「フレンドショアリング(friend shoring=同盟国や友好国など親しい関係にある国に限定したサプライチェーンの構築)」を推進するというのだ》。▶︎
▶︎さらに齋藤氏は続ける。《米国の政策担当者による戦略的デカップリングに向けた取り組みは米議会超党派の支持を得ており、その勢いは増している。こうした戦略的なデカップリングに傾注するのは米国の政策担当者だけではなく、党派を超えて米国市民からも支持を得ている。それは、たとえ対中封じ込め政策が経済合理性を欠き、米国やその同盟国に経済的に負の影響を与えるとしても、米政権の政策担当者はこうした政策を遂行していけることを意味する》という。
そこで、FT記事の出だしに「フレンドショアリング」という言葉を見つけたこともあって、2週間余前に会った齋藤氏ブリーフを改めて想い起こしてみたのだ。《旧ソ連の崩壊(=東西冷戦体制の崩壊)後、これまでの30-40年間の世界秩序を支えてきた新自由主義的な世界観が信認を失い、衰退した。そして新たな経済・地政学的へとパラダイム転換が出来した》。 同氏が分かり易い例として挙げたのは米国人の対中認識の変化だ。国際関係論の専門用語では自由主義的な世界観は「多国間(multilateral)体制」を前提とするが、今や米中対立を意味する「多極(multipolar)体制」が強国間の対立や衝突を表す言葉である。
そして、米調査会社ピューリサーチが20年間の推移をまとめたものを挙げた。《米国人の過半数(52%)が中国を「競争相手」と見なす一方で、38%が「敵」と回答している。民主、共和党支持者別では中国を「敵」と認定する比率は共和が民主より高い。注視すべきは米国人の68%が中国との経済関係が悪化しても人権抑圧問題を優先すべきだと回答していることだ。「何が重要?経済でしょう!(It’s the economy, stupid)」という新自由主義的な世界観の衰退が確認され、価値観共有の重要性がこの数年間で急速に高まっていることが見て取れる》と指摘。
その象徴が、《2016年に登場したドナルド・トランプ前大統領の経済ポピュリズムによってワシントンのベルトウェイ内に留まっていた中国問題が全米国民にとっての最前線課題となったことだ。トランプ氏が繰り返したフレーズ「中国が我が国をレイプしている。それが彼らのやり口だ。世界史上最大級の盗みである」であった。こうした言葉がまかり通るほど、新自由主義的世界観は有権者の支持を失っていった》と結論付けた。そんなトランプ氏が今、地政学的リスクに関して言及するとしても16年当時と大差ない。それでも「もしトラ」が「ほぼトラ」に突き進んでいるかに見えるそうだ。では、日本はそのトランプ氏にいかに立ち向かうべきなのか。実は日本にとって絶好のチャンスだと齋藤氏は言う。次回、お会いした際にその詳細をお聞きかせ願いたい。