さすがに岸田文雄首相も自民党の麻生太郎副総裁と誼を通じることなく総裁選再選は果たし得ないと深く自覚したのだろう――。
岸田、麻生両氏は6月25日夜、東京・内幸町の帝国ホテル最上階(17階)にある「鉄板焼 嘉門」で会食した。3時間に及んだ。 岸田氏は同日午後にも自民党本部で茂木敏充幹事長を交えて3者会談を行った。というよりも僅か1週間前の18日夜も両氏は虎ノ門のホテルオークラ(ヘリテージ館4階)の日本料理店「山里」で会食している。18日会食で麻生氏は岸田氏に対し厳しい注文を付けたとされる。「総理、貴方が総裁選で勝つためには心を入れ替える必要があります。それには茂木幹事長との関係修復が不可欠ということです」とまで言い切ったというのである。
一方、麻生、茂木両氏も事前の腹合わせを行っている。16日夜、東京・麻布十番の日本食店「イルブリオ 麻布」での長時間会食だ。明らかにこちらは、その10日前に同じ麻布十番の寿司店「おざき」に菅義偉前首相が加藤勝信元官房長官、萩生田光一前政調会長、武田良太元総務相、小泉進次郎元環境相を召集し、催した夕食会を強く意識したものだ。報道各社に事前通告していたこともあり、記者・カメラマンやテレビクルーが殺到した。当日になって進次郎氏の出席が判明し、騒ぎはさらに大きくなった。当然ながら永田町関係者は菅氏が号砲一発「岸田降ろし」に踏み出したと受け止めた。菅氏はポスト岸田の手札として、「加藤」「進次郎」だけではなく「石破(茂元幹事長)」まで揃っている。しかし、麻生氏側にはカードがない。
一時期、世上で持て囃され、麻生氏が担ぐとされた上川陽子外相が失速し、カードに成り得なくなった。こうしたことから、麻生・茂木連合はいずれ岸田氏支持に傾くに違いない、そのための条件擦り合わせが水面下で進行中との見方が急浮上したのである。それが異例の2週連続の岸田・麻生会食の背景「解釈」となった。▶︎
▶︎ところが、何と麻生派の河野太郎デジタル相が26日夜、麻生氏を誘って都内赤坂の日本料理店「たい家」で会食したのだ。総裁選出馬の意欲を隠さない河野氏が麻生氏の了解を取り付けるべく長広舌をふるうも麻生氏は最後まで首肯しなかったという。「河野カード」誕生の先行きは不透明である。 菅氏のタイミングを計ったメディア露出も際立つ。23日夜の文藝春秋電子版オンライン番組に出演、インタビュアーの質問「総裁選で新たなリーダーが出てくるべきか」に対し「そう思う」と答え、誰を推すかについては「まだ決めていない」と述べた。
事実上、首相交代に言及したに等しい。さらに26日発売の月刊誌「Hanada」(8月号)のインタビューでも「自民党には若い優秀な議員が少なくない。(総裁選で)しっかり政策を戦わせ、議論すべきだ」と語っている。国会議員に党員・党友を交えたフルスペックの総裁選への期待を滲ませた。菅氏は中堅・若手が擁立の動きを見せる小林鷹之前経済安全保障相(衆院当選4回・旧二階派・財務省OB)を含め4、5人が立候補する総裁選を想定する。再選を目指す岸田氏もカウントしている。第1回投票で過半数を獲得するのが難しいとされるだけに、総裁選の過程で最も話題を集めて勢いを見せた候補を担いで岸田氏との決選投票に臨む。これが菅氏戦略ではないか。
ここで冒頭の岸田・麻生会食に戻る。このように「総裁選劇場」のメインプレイヤーの活発な動きが目立つ中、自民党ツートップの周辺取材を行った。岸田氏にとって事はそう簡単な状況にないという指摘が過半だった。麻生氏は岸田氏の再選支持スタンスから今も後退したままだというのである。危機感を抱いた岸田氏が2週連続で長時間会食をセットしても説得は奏功していない。次なる手は、岸田氏自らが茂木氏に声掛けして関係修復を果たすことで麻生氏を繋ぎ留めることに注力するのではないか。それにしても当分間、オフコースの「眠れぬ夜」(小田和正作詞・作曲)が続きそうだ。