英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)の秀逸コラムニスト、ジリアン・テット女史の7月26日付最新コラム「Why breaking the rules is easy for Trump(トランプ氏、法を破る理由―ルールは状況次第で守る)」(以下、日本語訳は全て日本経済新聞7月31日付朝刊掲載の同記事から引用)が、11月の米大統領選を前にして欧米だけでなく日本を含むアジア・大洋州諸国でも大きな話題となっているという。民主党大統領候補のカマラ・ハリス副大統領と共和党大統領候補のドナルド・トランプ前大統領による熾烈な選挙戦は、予想されていたが誹謗中傷を超えて相手の人格否定までも行うネガティブキャンペーンのオンパレードとなりつつある。
そうした中で、テット女史は両候補の<法に対する見方が「普遍的」か、あるいは「状況的」かを巡る戦いにもなる>と指摘した。要は、「トランプ大統領」における超法規的措置行使の懸念を問題視しているのではないか。本題に入る前に少々、横道に逸れる。2000年初頭、舌鋒鋭く日本(政府)批判を繰り返すテットFT東京支局長を当時の外務省は「A級戦犯」扱いにしていた。その頃、知り合い1年余でかなり親しくなった。小学館の「週刊ポスト」元編集長の坂本隆前日本雑誌協会専務理事は当時、新雑誌創刊を企図していた。相談を受けて提案したのが「FTウィークエンド版」の利用だった。
想起すればスコッチウィスキーのシングルモルトを知ったのも四半世紀前に米国で手にした同紙週末版の特集だった。その頃すでに国際線のファーストクラス乗客向け機内紙はNYT(ニューヨーク・タイムズ)からFTに変わっていた。「ビジネスエリートが読むFT」がコンセプトになると確信した。この企画をテット女史に持ちかけた。決断は早く、話はトントン拍子に進んだ。入社10年に満たない同氏へのFT編集幹部の信頼が厚いことは、程なくして本社からコンテンツ部長が来日し、事実上の予備交渉が始まったことで理解できた。小学館側は坂本氏をヘッドに交渉通訳・木幡和枝元東京藝大教授(故人)、アドバザー・筆者の3人で折衝した。▶︎
▶︎そして01年大型連休に坂本氏は出張先のサンパウロ、木幡氏が滞在先のニューヨーク、筆者は東京からロンドン入りした。5月2日にFT本社を訪れて編集局長を筆頭に国際部長、コンテンツ部長、写真部長らと長時間版権問題から編集・取材協力まで協議した。翌日午前、新雑誌の表紙に「FT独占提携〇〇〇」(〇〇〇は雑誌名)と記す事の同意も得た。
だが同企画は日の目を見なかった。最終的に小学館経営陣からゴーサインが出なかったのだ。「たられば」は言いたくないが、FT独占契約を銘打った新雑誌(月刊誌)が創刊されていたら、15年7月の日本経済新聞のFT買収はなかったと思う。そうだとしたらテット女史の最新記事は日経31日付朝刊に掲載されていなかった。 筆者がなぜこの20余年前の「たられば」のストーリーを持ち出したのか。そこにはもちろん理由がある。昨秋から出身校の英ケンブリッジ大学キングスカレッジ学長も務めるテット氏その人に関わる。
先述したように同女史は20世紀末から数年間、東京から日米構造協議(SII)後の日米包括経済協議、日米規制緩和対話などでクリントン政権の厳しい対日要求に汲々とする日本側の“お粗末な”対応を繰り返し発信していた。それ故に「A級戦犯」扱いされたのだ。もちろん、米側の要求や批判の中には無謀であり、理に適わないものがあった。一方、日本側は「これはやります」「あれもやれます」と口の端に上げるが実行しない事が少なくなかった。そうした口先交渉を厳しく指弾したテット氏が「make sense(理に適う)」のフレーズをよく使っていたことを覚えている。そう、法に対する見方が普遍的ではないトランプ氏を認めることは、米国の分断加速化だけでなくファッショ化を容認することに繋がりかねないと、テット氏は警鐘を鳴らしているのだ。もし会う機会があれば「That column extremely makes sense.」と言ってあげたい。