再生自民党の次期リーダーを決定する総裁選は9月12日に告示され、27日の投開票まで15日間の選挙戦がスタートした。だがその裏面では、熾烈な権力闘争が繰り広げられている。平たく言えば、次期総裁最有力候補とされる小泉進次郎元環境相の後見人・菅義偉前首相と、総裁選出馬3回目の河野太郎デジタル相を担ぐ麻生太郎副総裁との「キングメーカー抗争」である。
その一端が垣間見えたのは、今や菅氏の右腕と目される武田良太元総務相が6日夕に韓国の首都ソウルで最高級とされるロッテホテルに姿を現したことだった。同日午後1時31分、岸田文雄首相が盟友の尹錫悦大統領と最後の首脳会談を行うため首都郊外のソウル韓国空軍基地に到着した。大統領執務室(国防省の庁舎内)で同午後4時過ぎから約1時間、日韓首脳会談が行われた。その後、岸田氏は宿泊先のロッテホテルに戻り、報道各社のインタビューに応じた。午後7時03分~10時21分まで青瓦台(現在、旧大統領府は一般公開)で首脳夫妻は尹大統領主催の晩餐会に出席した。それだけではない。ケミストリー(波長)が圧倒的に合う岸田、尹両氏は夕食を終えても最後は「三次会」と称して遅くまで飲み続けた。
そして件の武田氏は同夜遅くロッテホテルの、しかも岸田夫妻を含む首相一行が泊まるVIP専用フロア(階)に上がってきたのだ。しかし、同氏との面会予定が首相日程表に入っていないため大鶴哲也、逢阪貴士首相事務秘書官ら秘書官及び警護員(SP)たちと一悶着があったという。直ちに通報を受けた嶋田隆首相首席秘書官が駆けつけて岸田氏本人に確認、事なきを得たようだ。すなわち、岸田・武田会談は実現したのである。
では、なぜ武田氏は首相を追うかのようにソウル入りしたのか。先ずは同氏をチェックする。56歳。福岡県11区選出で衆院当選7回。早稲田大学大学院卒業と同時に、亀井静香氏秘書に。旧二階派事務総長と菅義偉前首相時代の総務相を歴任することで頭角を現した。今や菅氏の最側近であるとされる。地元・福岡で覇権抗争相手である大先輩の麻生氏(83歳、福岡県8区選出・14回)との犬猿の仲を知らぬ者は永田町にいない。総裁選告示を前に実施された日本テレビ(NNN系列)の自民党員・党友調査で「次期総裁に相応しいのは誰?」に石破茂元幹事長が断トツ1位であったことに危機感を強めたのが菅氏である。▶︎
▶︎今総裁選は9人もの候補者が争う1回目投票では決着が付かず、決戦投票(国会議員票367票と党員票47票の計414票)で勝負が付くが、その第2ラウンドは小泉、石破両氏の争いとなるのが確実視されている。菅氏が抱く危機感とは何か。小泉氏の出馬表明会見は自信に漲り、力強いとの印象を国民に与えた。だがスピーチプロンプター(原稿を投影する演説用機材)を使用していた。液晶画面の原稿をハーフミラーに反映させて、それを読んでいたのだ。
要は、主要政策への理解の不足、外交・安全保障について未経験などから、いざ候補者同士の討論会が始まれば国民人気がずば抜けている小泉氏に質問が集中して回答できず立ち往生する、政策の理解不足による失言などを懸念した菅氏が武田氏をソウルへ派遣したのである。菅氏は恐らく、唯一54人の派閥を持つ麻生氏が決選投票で2009年の首相退陣の経緯から仇敵視する石破氏を支持する局面になれば、岸田氏が決選投票のキャスティングボートを握ることになると判断したのではないか。現状の票読みで小泉氏が国会議員支持票で石破氏を相当数上回っているとしても、仮に石破支持で岸田・麻生派連合が結成されるとかなり厳しい状況になると危惧したはずだ。岸田氏が関心を持つであろう「何か」を持参したのは間違いない。
実は、武田氏訪韓は総裁選オンリーだけではなかったようだ。武田氏は首相との会談後の深夜、韓国第2の財閥SKグループ(資産総額292兆ウォン=約29兆円)総帥の崔泰源会長兼CEOと会っている。因みに菅氏は日韓議連会長、武田氏が議連幹事長である。日経新聞(7月1日付電子版)によると、同グループ傘下のSKハイニックス―高性能メモリー(HBM)半導体で世界トップ―は6月末、28年までの5年間で半導体事業に総額103兆ウォン(約12兆円)を投じると発表した。そのSKハイニックスが遠くない将来、日本に最新鋭工場を建設する計画があるというのである。
ところが、武田氏を不倶戴天視する麻生氏の側用人である薗浦健太郎前衆院議員が年初来、頻繁に韓国を訪れてSK側と接触を繰り返している事実がある。つまり、総裁選の裏で世界有数の韓国半導体メーカーの工場誘致合戦が展開されているとも言えるのだ。