9月12日告示・27日投開票の自民党総裁選挙はこれまでに類例のないものになる。すべての起点は、岸田文雄首相がお盆休みの真っただ中、8月14日午前に行った記者会見で総裁選に立候補しないと言明したことにある。筆者を含め永田町ウォッチャーの過半が全く予想していなかった退陣表明だった。岸田氏は何が契機となり、何時総裁選不出馬を決断したのかを探る。検証して行き着いたのは、やはり首相最側近の木原誠二自民党幹事長代理(54・衆院当選5回、財務省出身)の存在であった。NHKの「首相動静」よると岸田氏は記者会見前日の夜、<19:52東京・丸の内のパレスホテル東京着。日本料理店「和田倉」で秘書官と夕食>を取ったとされる。事実でないとはいわないが、肝心な一点が隠されている。
確かに、岸田氏は同時刻に首相官邸から嶋田隆首相首席秘書官と逢阪貴士首相事務秘書官を伴いパレスホテルを訪れて、「和田倉」に入店した。そこには木原氏が待機しており、逢阪氏はあいさつもそこそこに退出。すなわち、岸田、木原、嶋田3氏は食事を取りながら翌日午前の退陣会見の段取り確認と草稿の最終チェックを行ったのだ。ちなみに木原氏は14日早朝にも首相公邸を訪れている。最後の詰めだ。
なぜ、木原氏を取り上げるのか、理由がある。岸田官邸で秘匿されてきた「政務チーム」の存在だ。ヘッド格の木原氏、村井英樹官房副長官(44・4回生、財務省出身)、小林史明元デジタル副大臣(41・4回生、NTTドコモ出身)のわずか3人。平たく言えば、首相直轄の「隠密集団」である。6月23日の通常国会閉会後、秋に控えた自民党総裁選を念頭に新たなミッションがチームに課せられた。岸田総裁再選を基本とするが、それは党内外情勢に応じて和戦両様の構えで臨む総裁選戦略・戦術の策定だった。指示された具体策の1つが、総裁選不出馬表明の草稿作りだった。当然、出馬表明文作りも同時進行で行い、激変する世界情勢に応じてその都度アップデートしてきた。13日夜に最後の朱入れをした草稿は、かくも用意されていたのだ。さて木原氏は7月下旬、知人に夏休みの海外旅行で助言と協力を求めている。
そして13~19日までの日程を取り、タイ家族旅行をセットした。だが、退陣表明当日にかぶり旅行を断念した経緯がある。となると、岸田氏の不出馬最終決断はそこから少々遡った時期になるはずだ。首相の8月外遊日程(9~12日)は、カザフスタンの首都アスタナで開催される中央アジア5カ国サミットへの出席、ウズベキスタン訪問、帰途立ち寄るモンゴルでのフレルスフ大統領との首脳会談が予定されていた。▶︎
▶︎しかし、出発前日の8日午後4時43分頃に宮崎県日向灘を震源とする震度6弱の地震が発生、気象庁が「南海トラフ地震臨時情報(巨大地震注意)」を発令した。因って岸田氏は出発の9日早朝、中央アジア歴訪中止を決めた。長崎原爆犠牲者慰霊平和祈念式典出席のため同地入り直前だ。
そして10日、11日両日は終日公邸にこもった。政治家としての往古来今に思いをはせながら、決断したのではないか。仮に総裁選に勝利できたとしても、自分を旗頭とする限り来年10月までに実施する衆院選、来夏参院選での敗北は不可避であると見切ったのだ。然らば選択肢は立候補の断念しかないと。首相会見後、総裁選立候補の意向を明らかにしたのは石破茂元幹事長、河野太郎デジタル相、高市早苗経済安全保障担当相ら11人に及ぶ。立候補には衆参院国会議員20人の推薦が必要であり、これが高いハードルとなり出馬断念者も出て、5~7人に収斂していく。
そんな中で、財務省OBの小林鷹之前経済安全保障担当相(49・4回生)は19日午後の出馬会見で、「鷹は新しい羽に変える『換羽』という習性持っている。一時的に飛べなくなるので命懸けだが、新しい羽でより高く、より遠くへ飛べるそうだ」と述べ、自民党再生を主導するとアピールした。だが、会見場の衆院第一議員会館地下1階大会議室をマスコミ関係者で大入り満員にしたのは出馬会見一番バッターだったからであり、「政治とカネ」問題への踏み込み不足との厳しい指摘もあった。世上の耳目が集中した同会見当日の早朝、これまた木原氏が首相公邸に岸田氏を訪ねている。55年体制産物の派閥の頸木から脱却した初めての自民党総裁選の目玉になりつつある小林氏と、世代交代と刷新感の象徴である小泉進次郎元環境相(43・5回生、政治家4代目)の両氏に関する最新情報を報告したという。小林氏会見に同席した国会議員24人の殆どが米英留学含む高学歴者であり、中央省庁・民間大手企業出身、世襲政治家が多い。当選4回以下の若手エリート集団だ。小泉氏は8月30日にも出馬表明をする見通し。小林氏とは異なり、周辺には議員政策グループが見当たらない。否、皆無に近い。そんな中で際立つのは、自身も出馬の構えの齋藤健経済産業相(65・5回生、経産省出身)が熱量高く小泉氏に肩入れしていることだ。 文字通り自民党抜本改革で一致する両氏は、
この半年間に週1回議員会館で協議を重ねていた。総裁選のどこかの段階で齋藤氏が小泉陣営に合流する可能性がある。人材難の同陣営は永田町一の政策通の参加により補完できるのか。総裁選は「小泉vs小林」の40歳代対決になる可能性が高い。小泉氏の後ろ盾が菅義偉前首相であり、小林氏を裏面で支援するのがたとえ麻生太郎副総裁(および甘利明前幹事長)であるとしても、自民党が変わったと言い募れることに重きが置かれるようだ。だとしても看過すべきでないのは、こうした総裁選実現を可能にした岸田氏の退き際判断である。岸田氏は強力なインフルエンサーとして残る。