「宗教マゾヒズムで来ていたはずの彼が突然徳川幕府に寝返ったようなもので,国民からの反発が大きいのは当然だ。天草四郎になるのは勝手だが,殉教しなければいいんだけど」――。
石破茂首相を前号で小誌は「クリスチャン宰相の『問題点』」と題した上で,石破自身を含めて明治時代から連綿と続いてきた母方系のクリスチャニティを詳述し,他媒体に連載を持つ編集長が推論も交えその概要を繰り返し言及したこともあり,読者からの反響は少なくなかった。冒頭の言葉は,その中でも碩学で知られる人物から寄せられた感想である。少々,解説が必要だ。「彼」は石破を指す。もともと自民党内野党と言われていた石破は「正論アウトサイダー」とも呼ばれるように,変に肩肘張って「正論」に拘泥するため常に少数派だった。同志(仲間)に恵まれないのは自ら創設した派閥「水月会」が2021年12月に事実上の解散を余儀なくされたのも自業自得とされた。今ではその理由の一端がプロテスタント石破(=宗教性)にあると見られるようになった。
もちろん,それだけでは合点が行くはずは無い。それでも石破のある種の「一途さ」はクリスチャニティに起因するのは確かだ。まさに自らの議員キャリアを党内で「政治とカネ」問題に端を発して1988年9月に発足した「ユートピア政治研究会」の結成メンバーとして参画したことから始めたのである。自民党政治史的には同研究会立ち上げの中核を成した武村正義元財務相が後に結党した新党さきがけの母体となった。▶︎
▶︎それは措く。旧安倍派の政治資金規正法違反事件(派閥裏金事件)で収支報告書不記載議員の処分を巡り党内権力抗争の様相を呈した。岸田文雄前首相は反発に抗して強硬策を採った。だが9人で争った総裁選で石破は抱かれた政策的「突出感」を封じるために持論も鉾に収めた。
そして総裁・首相に選出されて直ちに衆院解散・総選挙に打って出た。新政権が誕生して戦後最短の総選挙は定数465議席(小選挙区289,比例区176)で争われる。直近4回の衆院選は,自民が単独過半数を上回った。橋本龍太郎政権下の1996年10月衆院選から小選挙区比例代表並立制導入後の選挙では過去2回,自民は単独過半数に届かなかった(森喜朗政権下2000年6月の「神の国解散」と小泉純一郎政権下03年10月の「マニフェスト解散」)。だが裏金事件を受け,逆風の石破は勝敗ラインを「自公で過半数」に設定した。この勝敗基準は,12年12月の第2次安倍政権発足以来,安倍晋三,菅義偉,岸田各首相が掲げたものと同じである。
ただ,これまではひょいと飛び越えられる障壁だった。今回に限っては身の丈を超えるハードルとなる。事前予想で,一部に自公過半数割れの指摘が出ていた。仮にそうなったら,石破はもとより選挙責任者の森山裕幹事長,実務責任者の小泉進次郎選対委員長まで引責辞任に追い込まれ,大政局が勃発するという不穏な予測もあった。しかし,石破は直前の不記載議員の党公認・非公認問題で突出しない=党内融和路線を採ったことから,結果として国民の不興を買ったのである。平たく言えば,正論を懐に隠したのだ。「党内野党」を捨てたのである…(以下は本誌掲載)申込はこちら