石破茂首相は今、15~16日に開催されるアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議が開催される南米ペルーの首都リマに滞在中である。
現時点でメディア各社の最大関心事は、果たして石破首相が18~19日にブラジルのリオデジャネイロで開かれる主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)出席後、日本への帰途世界の首脳に先んじてドナルド・トランプ次期米大統領と面会できるのかの一点に集中している。現時点で立ち寄り先として挙がるのは2カ所だ。第1候補が南部フロリダ州(FL)パームビーチのトランプ氏別荘「マーラ・ラゴ」である。2017年2月10日、安倍晋三首相(当時)はワシントンDCのホワイトハウスでドナルド・トランプ大統領と初会談に臨んだ。両首脳は会談後、夫人を伴い米大統領専用機「エアフォース・ワン」でパームビーチに移動、「マーラ・ラゴ」に2泊してゴルフを楽しんだ。第2候補は東部ニューヨーク市(NYC)マンハッタン区5番街725号にあるトランプタワーである。想起できるように、前年の16年11月17日にAPEC首脳会議が開催されるペルーのリマに向かう途上にニューヨークに立ち寄ってトランプタワー最上階の私邸でトランプ夫妻と娘イヴァンカ夫妻に歓待された。このNYC会談が起点となり、その後の「シンゾー」「ドナルド」と互いをファーストネームで呼び合う親密な関係が確立したのだ。「柳の下の二匹目のドジョウ狙い」と揶揄されるのを承知で官邸と外務省は総力戦で石破・トランプ会談実現に向けて動いている。首相同行記者団にも秘匿されているが、どうやら前者のFL会談のようだ。
仮に不首尾に終われば、石破氏のダメージは小さくない。11月5日(米東部時間)の米大統領選でトランプ氏は多くの予想を違えて激戦7州全勝から全米獲得票総数まで掌中に収めて完勝した。真っ先に電話で勝利の祝意を表したのがイスラエルのベンヤミン・ネタニヤフ首相だったことは措く。だが、石破首相が電話で祝意を伝えたのは韓国の尹錫悦大統領よりも遅れた同6日19時30分であり、会話時間も尹氏の12分間に対し約5分間で短かいとの批判めいた指摘がSNS上に散見されたことも外務省のテンションを上げたに違いない。▶︎
▶︎いずれにしても、最初のNYC会談を含め安倍、トランプ両首脳は計15回21時間40分会談している(電話会談を除く)。そしてそのすべての通訳を務めたのが外務省の高尾直・現北米局日米地位協定室長である。同省一の英語通訳とされる高尾氏は安倍氏語りの直訳ではなく意訳してトランプ氏に伝えた。時には口にしていない事でも安倍氏ならこう言うであろうと伝えるのだ。今回の首相外遊で随行団リストに高尾氏の名前はないが、同行している。「You’re Japan’s little Prime Minister!(君は日本の小さな首相だ!)」と最大の賛辞を贈られた事を知る者は殆どいない。
それはともかく問題は、仮に石破・トランプ会談が実現したとして、石破氏はトランプ氏に何を伝えるのかである。そもそも両首脳のケミストリー(波長)が合うはずがない。トランプ氏へのブリーフィングは最長10分、できれば5、6分で済ませるというのが次期大統領周辺では必須とされる。一方の石破氏は自身が理詰めの人であり、周辺にも理に適った説明を求める。即ち、ネーションリーダー(国家指導者)として端から石破、トランプ両氏は肌合いが異なるのだ。
そこへ初対面の石破氏が気負いに任せて持論の「アジア版NATO」構想や「日米地位協定」見直しを持ち出したら、いったいどうなるのか。想像したくないが、よもや同盟国の首相に対しお得意の「You’re fired(貴方はクビだ)」とは言わないまでも、不快のあまり途中で退席しかねない。ドナルド・トランプという政治家はそういう人間である。1月20日発足の「トランプ王朝」と言うべき新政権の重職人事でも分かるように、最も重視されるのが「忠誠心」なのだ。
それでも石破氏には全てに準備万端の秋葉剛男国家安全保障局長が同行している上に、トランプ氏には「猛獣使い」の異名を取るスージー・ワイルズ次期大統領首席補佐官が付いているのが心強い。建設的な日米首脳会談になる事を切望するばかりである。