石破茂首相が11月14日夕に南米のペルーとブラジルに向け出発する直前自ら期待を込めて語った経済対策とは、同12日午後に東京・永田町の自民党本部901号室で開催された政務調査会全体会議(小野寺五典政調会長)で論議された「2024年総合経済対策」のことである。その中でも筆者が特段の関心を抱き、注目したのは前日11日夜の第2次石破内閣発足後記者会見で首相が言及した以下の件だった。「今後10年間で50兆円を超える官民投資を引き出すための新らたな支援フレームを策定する」――。
具体的には2030年度に向け、半導体や人工知能(AI)分野に複数年度に10兆円以上の公的支援をする意向を明らかにしたのだ。自民党政調会に向けて準備した「総合経済対策(案)」(A4版57頁)に記載されなかった「<別紙>AI・半導体産業基盤強化フレーム」と題された2頁が14日に追加発表された。そこには次のように記述されている。「政府は、2030年度までに、(1)次世代半導体研究開発やパワー半導体量産投資等への補助及び委託等として6兆円程度(2)次世代半導体量産投資やAI利活用に向けた計算基盤整備等への出資や債務保証等として4兆円以上、全体として10兆円以上のAI・半導体分野への公的支援を必要な財源を確保しながら行う」――。
一連のペーパーに固有名詞は全く記述されていないが、最先端の2nm世代の半導体の国産化を目指すラピダス(小池淳義代表取締役社長)を念頭に置いていることは言うまでもない。NEC、トヨタ、NTT、ソニーグループなど主要企業8社が出資する。北海道千歳市で生産ラインの建築を進めるとともに、次世代半導体製造技術を有する米IBMに100人超以上の技術者を派遣して量産技術を開発中である。来年4月から北海道の工場で試作を始める。国の支援はすでに最大9200億円に達する。こうした動きに連携するかのように13日午後、東京・芝公園のザ・プリンスパークタワー東京で時価総額約540兆円の世界ナンバー1のエヌビディアのジェンスン・フアンCEOが主催した「AIサミット」でソフトバンクグループ(SBG)の孫正義会長兼社長との対談後の記者会見で、フアン氏はAI半導体製造をラピダスに委託する可能性を問われてこう言った。▶︎
▶︎「私はラピダスに信頼を寄せている。その時が来れば、もちろん名誉なことだ」とエールを送った。そもそも高度な情報処理や優れたAIの製品・サービスへの実装などに不可欠な物資である半導体について、日本は現在、その供給を台湾や米国、韓国に大きく依存している。日米韓中で日本が台湾に最も依存し(17%)、仮に台湾からの供給が途絶すれば、GDP損失額は94兆円との試算がある。改めて指摘するまでもなく、経済安全保障の観点からも国内基盤の強化が急務だ。
その意味で、日本ではロジック半導体については40nmまでしか生産できていなかったが、世界最大の専業半導体ファウンドリTSMC(台湾積体電路製造)の熊本進出により、6nmまでの生産基盤を確保予定が立った。それだけに生成AIや自動運転車等にとって不可欠となる最先端の2nm世代半導体の国内生産基盤を構築する取組であるラピダス・プロジェクトは、まさに「2030年度までに10兆円超の公的資金を投じるに値するプロジェクト」(先述の24年総合経済対策案)なのだ。
然るに岸田文雄首相の首席秘書官を務めた嶋田隆・元経済産業事務次官が11月1日付でラピダス特別参与に迎えられたのだろう。産業政策に通じ且つ豊かな国際人脈を有する同氏に期待される当面のミッションは北海道電力泊原発3号機の再稼働にメドをつけることだ。なぜならば、世界でデータセンター運営や自動運転車製造等を行うラピダスの想定顧客は半導体製造過程グリーン化要求が厳しいため、ラピダス半導体千歳工場稼働には大量のクリーン電力が必要である。もちろん、ラピダスが目指す2nmの量産に辿り着くまでの道のりは山あり谷ありである。来年1月20日には先行きが見通せないドナルド・トランプ米大統領が誕生する。仮に米中「貿易」戦争(=関税戦争)が勃発したとしても、自ら「Triff Man(関税男)」と称するトランプ氏が大統領任期中(~2028年)はラピダスの生産が開始されて間もない黎明期なので、いきなり日本(=ラピダス)目がけて撃ってくることはないと思われる。
幸いにも、対処策を考えるのに多少の時間がある。このAI・半導体産業基盤強化は “オールジャパン”で臨む必要がある石破アジェンダなのだ。