四面楚歌――「敵に囲まれて孤立し、助けがないこと。周囲の者が反対者ばかりであること。」(『大辞泉』小学館)石破茂首相の今を言い表すにはこの言葉しか思いつかない。9月27日に実施された自民党総裁選挙決選投票で高市早苗経済安全保障相(当時)に辛勝した石破氏は第28代総裁に選出された。続く10月1日には衆参両院本会議の首班指名選挙で多数を得て第102代内閣総理大臣に指名された。そして石破氏が総裁選での「公約」を破って衆院解散を強行した第50回総選挙(同15日公示・27日投開票)は与党の自民、公明両党で過半数割れの大敗を喫した。自民56減の191議席、公明8減の24議席で両党合わせて215議席。過半数の233議席を下回り、石破政権は少数与党に転落した。さすがの石破氏も臍をかんだが、後の祭り。衆院465議席が確定した28日未明に「これほど負けるとは思っていなかった」と側近に語ったと聞く。情勢分析が甘い。
その後、11月11日に召集された特別国会で再び首相に指名されて第2次石破内閣を立ち上げ、自民党執行部人事にも手をつけた。さらに同14~21日までは首相初外遊。南米ペルーの首都リマで開催されたアジア太平洋経済協力(APEC)首脳会議、ブラジル・リオデジャネイロでの主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に出席した。その帰途、期待していたドナルド・トランプ次期米大統領の地元フロリダ州の別荘「マーラ・ラゴ」での面会はかなわなかった。それでも外交デビューを果たしたご本人は、外交の何たるかをわかった気がすると語ったとされる。何ともはや想像のほかである。
そうした中で、注目を集めた地方選挙も兵庫県知事選、名古屋市長選など自公が推す候補が相次いで落選の憂き目に遭った。自民党は岸田文雄前政権下で旧安倍派中心の政治資金規正法違反事件で収支報告書不記載議員の処分を行ったが、国民は今なお「政治とカネ」問題で自公連立政権に免罪符を与えていない。事実、毎日新聞の最新世論調査(11月23~24日実施)の結果にその理由を見て取れる。内閣支持率が前回比15P減の31%、不支持率は13P増の50%。自民党支持率も前回比8P減の21%(ちなみに立憲民主党は2P増の12%で国民民主党が10P増の13%)。看過できないのが、次の質問「衆院選の投票先を決める際に、自民党の『政治とカネ』を巡る問題を判断材料にしましたか」への回答である。「判断材料にした」が54%、「しなかった」は28%と彼我の差である。▶︎
▶︎要するに、国民の支持が得られない。自覚すべきだ。このトレンドは来年6月ころの東京都議会選挙、7月の参院選まで続く。然るに石破氏は11月28日召集の臨時国会を前に反転攻勢に打って出るべく物価高への対応など総額39兆円の総合経済対策を22日の臨時閣議で決定した。その中には、石破氏自身が第2次内閣発足後記者会見で「今後10年間で50兆円を超える官民投資を引き出だすための新らたな支援フレームを策定する」と言及したプロジェクトが盛り込まれていた。
絵解きする。それは首相会見の翌日に自民党政務調査会(小野寺五典会長)がまとめた「2024年度総合経済対策(案)」の別紙「AI・半導体産業基盤強化フレーム」に記述されている。経済安全保障の観点から経済産業省が主導してきたものだ。 具体的には、今後5年間2030年度までに政府が次世代半導体研究開発、パワー半導体量産投資など全体として10兆円以上の公的支援を行うというのである。言うまでもなく最先端半導体の国産化を目指すラピダス(本社=東京・麹町、資本金73億4600万円)を念頭に置く。安全保障政策のプロフェッショナルを自任する石破氏だが、どうやらこの事案も相談に与ることは少ない、いや殆どないというのだ。気力がなえるのではないか。少数与党に転落した自民党の命運を握る国民民主党(玉木雄一郎代表)が求める「103万円の壁」見直しは「2025年度税制改正の中で議論し引き上げる」と総合経済対策に書き込んだ。この控除の引き上げ幅については自民、国民民主間の主張に違いがある。自民党税制調査会(宮澤洋一会長)インナーのメンツが大きく変わった。新メンバーとなった小渕優子組織運動本部長、齋藤健前経産相、小林鷹之元経済安全保障相は総裁選で石破氏にくみしなかった。平たく言えば、国民との連立交渉も難しい。この点でも石破氏は微妙な立場にいる。
最後は深刻な問題である。筆者が編集・発行するニュースレター『インサイドライン』(11月25日号)で言及した「首相官邸の秘事『赤澤案件』とは?」はそれなりにインパクトを与えたようだ。国内外を含む関係方面からの反響が大きかった。それは官邸の「あり方」に関わることである。石破首相の最側近、赤澤亮正経済再生担当相が一閣僚の矩を踰えて首相執務室がある官邸5階に「別室」を設けて定期的に霞が関3省の幹部官僚を呼び、政権運営に関わる日程概略から主要政策のまで概要を協議している。赤澤氏はその協議を基にした「提案」を、首相会議室で首相以下、政務・事務担当官房副長官3人、首相政務秘書官2人、首相事務秘書官6人を前にプレゼンしているというのだ。官邸におけるリポーティングライン無視である。赤澤氏は永田町に「同志」と呼べる人が殆どいない石破氏の「精神安定剤」なのだ。冒頭に戻る。『史記』の「項羽本紀」の故事から引けば、石破氏は今、「四面楚歌」に近い状態にある。そして石破氏を項羽に擬せば、赤澤氏は愛人・虞美人か。それは措く。理想家肌に希望が見えなくなると立ち枯れるのが常である。まだ石破氏には時間が残っている、神のご加護を―。