「シンゾウ(安倍晋三元首相)は私の素晴らしい友人だった。彼の身に起こったことは恐ろしく,これほどまでに悲しい気持ちになったことはなかった。……シンゾウはあなたに多大な敬意を抱いていた。あなたも彼の親しい友人であったことを知っている。あなた方と会えたことを光栄に思う」(大統領執務室で行われた日米少人数会合でのドナルド・トランプ大統領の発言)。「今まで何年も何年もほとんど毎日,テレビでみていたので間近に見る感動は別格なものがある。テレビで見ると声高でかなり個性強烈で,恐ろしい方だという印象がなかったわけではない。
……実際にお目にかかると誠実で,米国と世界への強い使命感を持たれた方だとお世辞抜きに感じた」(共同記者会見でトランプ氏の印象を聞かれた石破茂首相の回答)。2月7日午前11時55分(米東部時間・日本時間8日未明1時55分)に始まった日米首脳会談は,ホワイトハウス(WH)ウエストウィング(西棟)1階正面玄関から南に向かって一番奥の左角にあるオーバルオフィス(大統領執務室)で行われた。石破がトランプとのトップ会談に自らの政治理念を封印し国益優先で臨んだことは,実は冒頭の両首脳握手シーンに表れていた。シェーク&カバーと呼ばれるものだった。トランプが左手で握手した石破の右手甲をポンポンと叩くと,石破は一瞬間をおいて左手をトランプの右手甲に重ねた。この一拍が石破の躊躇であると見て取れた。
そもそも「理屈」を重んじる石破が何を言い出すか分からない「直観」優先のトランプを経済政策(関税と為替)で怒らすわけにいかなかった。
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▶︎それ故に事前の準備は用意周到に行われた。ワーキングランチを含め1時間50分に及んだ首脳会議でトランプが端から上機嫌だったのはメディア報道にあるように日本の対米投資額を1兆㌦(約151兆円)に引き上げと,日本製鉄によるUSスチール買収を「投資」とする計画修正を伝えたことが大きかった。前者については,石破が慶應義塾高校・大学時代の友人であるとしてトヨタ自動車の豊田章男会長の名前を挙げて同社といすゞ自動車の工場拡充・建設計画を紹介,アラスカ州産液化天然ガス(LNG)輸入拡大・パイプライン建設協力まで言及した。一方,日鉄のUSスチール買収交渉が行き詰まって以降,所管の経済産業省の荒井勝喜通商政局長が中心となり生み出したプランであり,繰り返し行った事前の勉強会の中で経産省側の説明に乗った石破は局面転換に成功した。
こうした政策面でのトランプ擦り寄りも然ることながら,会談冒頭に大統領選最中の昨年7月の演説中に銃撃された暗殺未遂事件に触れて,次のように語った。「怯むことなく立ち上がり,拳を天に突き上げた写真が非常に印象的だった。背後に星条旗があり,青い空が映っており,恐らく歴史に残る一枚だ」――石破にとって屈辱だったに違ない。でも言い募った。それが奏功した。いずれにしても両首脳共に歯が浮くようなセリフだ…(以下は本誌掲載)申込はこちら