中国の習近平国家主席は2月17日、首都北京で2018年11月以来6年ぶりとなる同国の民間企業経営者向けのシンポジウムを主催した。出席者リストには、ネット通販最大手アリババ集団創業者の馬雲(ジャック・マー)氏、通信機器最大手の華為技術(ファーウェイ)の任正非CEO(最高経営責任者)、総合家電メーカーの小米科技(Xiaomi)の創業者・雷軍氏、電気自動車(EV)最大手の比亜迪(BYD)の王伝福会長らが名前を連ねた(米OBSERVATRY VIEW 2月19日付を参照)。特に驚いたのは馬雲氏が出席したこと。馬氏が20年10月に政府規制を批判する演説を行って以来、習近平指導部は民間ビジネスエリートに対して厳しい規制取り締まりを開始し、その「起業精神(アニマルスピリット)」に冷水を浴びせていたからだ。
ところが今回のシンポジウムで任正非、王伝福両氏らは習主席を前に発言を許されたのである。この「変身」は、改めて指摘するまでもないが、今春以降の米中貿易戦争2.0不可避であることを念頭に置く習主席が、民間企業締め付けから民間企業の積極的支援への戦略的転換を示唆する。すなわち、目覚ましい民間のハイテクイノベーターの進歩を「トランプ関税」からの圧力に対するヘッジ戦略の核心と位置づけているのだ。その後の中国発の経済関連ニュースがそれを如実に物語っている。まず、昨年10‐12月期決算は純利益が前年同期比3.4倍の489億元(約1兆円)となったアリババ集団。同社は24日、今後3年間でAI(人口知能)とクラウドの基盤整備に3800億元(約7兆8000億円)を投資すると発表した。そして国有自動車大手の上海汽車集団も同時期に、独VW(フォルクスワーゲン)など外資ブランドの販売低迷から脱するためファーウェイとの電気自動車など新エネルギー車の事業での提携を発表した。
もちろん、習近平中国共産党総書記は一筋縄では行かない。先のシンポジウムでも「国家に奉仕することに情熱を持つ」よう呼びかけ、技術的自給自足の達成という国家目標と足並みをそろえるよう出席者に求めたのは当然だ。ドナルド・トランプ大統領が中国の技術的進歩を制限する取り組みを推進する中、習主席は民間企業との連携を重視せざるを得なくなったとも言える。▶︎
▶︎然るに「中国製造2025」後の産業政策の強化版として「新しい質の生産力」を開始した。具体的には「未来志向産業」として、以下の11部門がリストアップされている。①AI②量子コンピューティング③ライフサイエンス④深海⑤航空宇宙⑥ロボティクス⑦水素⑧エネルギー貯蔵⑨次世代インターネット⑩次世代ディスプレイ技術⑪メタバース及び脳機械インターフェース――。
ここで登場するのが、米巨大テック企業の聖地シリコンバレーに大ショックを与えた中国の新興AI企業ディープシーク(DeepSeek)である。件のシンポジウムにも同社創業者の梁文峰氏が招かれている。このディープシークの登場を受け、中国ネット大手の百度(バイドゥ)がAIの基盤モデルを公開することを決めた。非公開型を志向してきた百度だが、李彦宏CEOは決算説明会で「ディープシークから学んだことは、オープン型は人々が自然と試したくなるということだ」と述べ、生成AIをめぐる方針転換のニーズを認めた。習氏はこうした科学技術が国際競争における「主戦場」であるとの認識を持つだけでなく、同氏自身がディープシークの飛躍的な技術的進歩を自分の手柄として喧伝するに至った。中国の三大通信キャリア(中国移動通信China Mobile、中国電信China Telecom、中国聯通China Unicom)は、クラウドコンピューティング事業でディープシークとの戦略的協力を公表した。多くの地方政府が現存システムにディープシークを使用し始めた。では、万事すべて上手くいっているのだろうか。こうした中で、日本経済新聞(電子版。2月26日0:00配信)の、中沢克二編集委員による記事「習氏が発した経済新語に潜む譲歩、馬雲氏の半端な復権」を興味深く読んだ。概ね次のような内容だ。《習の「仮想敵」と見なされた馬雲は6年ぶりに開かれた最高指導部と中国の名だたる民間企業の座談会に現れた。習が馬雲としっかり握手する映像は中国国営の中央テレビに登場した。
だが、新華社が配信したこの座談会の公式記事には馬雲の名前が一切登場しない。文字による「正史」が全てを決めてきた中国では、そこに名がないことには意味があるのだ》。ジャック・マー氏は今、いったい何処にいるのだろうか。トランプ氏作成の中国向け「エンティティリスト(EL)」(貿易上の取引制限リスト)のいの一番に同氏の名前を入れて頂きたい。